当面の関心事

・お世話になっている先生から、『山梨交響楽団定期演奏会』のチケットを頂戴したので、有り難く聴かせていただいた。梨響はアマオケだがレベルはなかなかのもので、ブルックナーのロマンティックなどという、アマチュアには相当厳しいプログラムに果敢に挑んでいた。アマ固有の弱点も見えるが、是非頑張って上手くなってもらいたいものだ。

・服用中の薬に起因するんじゃないか、と思われる「ボーッ」とした感覚だが、どうもすっきりしない。もしかして、これが常態で、冴えていたことなんか無かったんじゃなかろうか、と考えるとちょっと怖い。

下山判事の保釈申請が却下された。そもそも判事が被告人になることが希だが、最近まで所属していた甲府地裁に保釈を却下されて、少しは自分のやったことの愚かしさに気づいただろうか。容疑を否認しているようだし、かなりの強弁を繰り替えているようだから、懲役以上の重罪犯なら間違いなく保釈されないだろう。だが、「ストーカー禁止法の初犯だからどう間違っても罰金止まり」などと都合のいいことだけを考えての否認だとすると、随分高くつく。

犯罪の増加、悪質化を感じさせる兇悪事件の頻発で、日本社会では今、犯罪者への憐憫の情が薄れてしまっている。犯罪にいたった個々の事情は(面白くないのか)報道されず、結果の兇悪さばかりが喧伝され、そのため、人と罪とを同時に憎むのが通例だ。そして公務員の職務に関する事柄なら、過失ですら憎悪の対象となる。このあたりは、社会保険庁が東の正横綱、国土交通省道路事務所が西の正横綱で、厚生労働相一門と財務省一門が有力力士を輩出している。しかも全部日本人だ。些細なミスでも下手な隠しだてをして、憎悪の対象になってくれるところが、学習効果の低さが見えて楽しいと言えば楽しい。

公務員は「完璧が当然」と看做され、減点法でしか評価されない気の毒な存在だ。プラス評価のゆとりを国民から奪ったのは公務員の総元締たちだから、国民を恨むのは筋違いだが、今回は、もっとも厳格であるべき裁判官の破廉恥はなはだしい犯罪だ。ここで中途半端な処置でお茶を濁したら、来年の裁判員制度はどうなるか、火を見るより明らかだろう。

甲府地裁は現在立替中で、ぱっとしないプレハブの仮庁舎で執務が行われている。まだ一度も傍聴したことがないが、時間があったら傍聴券を求めて列に並んでみるか(前任大学時代はマスコミさんから傍聴券を貰えたこともあったのに、ここではただの人だから無理か)。これまで座っていた場所から真正面の数段低い位置に立たされた被告人が何を言うのか、直に聞いてみたい。そして、証拠として出てくることは必至の、若者のフリをして妙な語調になったメールを、検察官がどんな顔をして読むのか、見てみたい気がする。とても気の毒だ。もしも私が検事だったら、朗読途中に情けなくて涙が出てくるだろう。

人として既にダメなオヤジが公務員だったら、国民の目は二重に厳しい。

秋葉へ

週末だからといって、余裕をぶっこいていられるはずはないのだが、このところ短時間で決着を着ける(いや、本当は計画的に時間をかければいいのだけれど)作業が多く、健康の問題とあいまっていささかストレスが嵩んだ。疲れているのに眠りが浅く、早朝に目覚めると二度寝が出来ず悶々と・・・。

そこで来週頭に仕上げる予定の用事を総て金曜までにやっつけ、楽しみにしていた「キット屋」さんの東京試聴会にでかけた。過日、刈谷の本社ショールームで視聴させていただき、こちらのキットに一層惚れ込んだのだが、その折に聴くことができなかったアンプ、SPなども登場するということで、勇んで先着順の申し込みを送った。

午前中9時台の特急で東京に出て、ちょっと街を流してから会場に行く予定で動きだした。ところが道中でメールがあり、東北地方の地震を知った。携帯では十分な情報が入らず、新宿のホームで会津に電話する。着信規制もなく通話でき、母の無事を確認。発災と同時に猫たちが飛び出して戻らないとのことで、やはり耐震補強が必要かと、またしても暗澹たる気分。つい先日、屋外の散水、除雪用の井戸を掘り直した(=費用を負担した)ばかりなのに(ToT)。

試聴会の会場は言うまでもなく秋葉。電気街からちょっとだけ神田方向の貸しホールだが、街の雰囲気が微妙にぎこちない。人ごみの向うに献花台のテントが見える。メイド服のお嬢ちゃんが、大声でAED設置のための募金を呼び掛けている。時間まで、街の変貌とはあまり関係ない駅前の小店を覗くと、闇市を思わせる狭い通路の両側に並んだ店先には1コ数十円のパーツ類が整然と並び、むしろ落ち着きすら感じられるから不思議だ。ただ、トランス専門店のおじさんが、値上げが目前に迫っていること、材料高騰で商品の入荷が遅れに遅れていることなど、通り過ぎるだけでは分からない実情を話してくれる。

視聴会場に向かうと、犯行現場が遠望される。重力場が乱れたように(って経験はないけど)重苦しさが波紋になって広がっている。昌平橋を渡ってすぐに会場が見え、汗をかくまでもなく冷房の効いた室内へ。丁度、私が申し込んだ午後の一回目の受付が始まったようだが、会場には既に熱心なファンが大勢いて、思い思いに機器類を眺めている。店主の大橋氏に挨拶し、前の方に座を占めて、開始を待つ。

試聴会は、キット屋さんの代表的パワーアンプを2群に分け、間にスピーカークラフトのウィンズさんのデモを挟む三部構成。私の大好きな送信管中心に多極管とOTLで構成されたB群と、(恐らく)世界一人気の高い真空管300Bを使ったキット屋さんの代表的アンプ群、プラスソ連の6C33というA群。個人的にはB群が面白いが、A群の魅力も捨てがたい。ウィンズさんは必然的にSP主体になるが、私も使っているWE標準箱の本来のサイズ(8インチ用。私のは4インチ用)の鳴りっぷりに感激し、更に小さな箱を鳴らす技術の高さと、低音を補強する小さなトーンコントロールプリの性能に脱帽。ただ、次にキット屋さんで購入するアンプキットは、今回は登場せず、年内に生産中止が決まっている送信管プッシュプルモノラルアンプのペア。この線だだけは動かせない。

各アンプ、SPとソースの組み合わせはそれこそ無数にあり、自分の耳の心地よい組み合わせもあれば、多少疑問の残るセットもあった。だが、何かが悪いというのではなく、飽くまで好みの問題。もっとも極端な場合、真空管という増幅素子を交換するだけで、音は全く別物になる。ハイテク技術の粋を集め、クリーンルームで全自動で作られるLSIとは違った動作になるのも当然だろう。

楽しい90分はあっという間で、改めて電気街のパーツショップや真空管専門店で、現在製作、設計、企画、妄想中などのアンプに使うパーツ類を揃える。有名な専門店で買った良質なパーツが、後で寄った小店で6掛けで売られていてショック。もっとも今回は、高額でも5,000円を越えないトランスと、それこれ数十円の抵抗類が主眼だから、かさばってもあまり懐には響かない。

が、小店から路地に出ると、険悪な空気が。十数人の警官が青年一人を取り囲み、当該青年が甲高い声で悪態をついている。買い物をしたばかりの店の店員氏によると、ドライバーを持って歩いているところを咎められたとか。ここは秋葉だから、奇抜さだけの気味の悪い格好より、工具を持って歩く方がよほど自然だと思うのだが。もちろん、ドライバも振り回したら兇器になる。時節を考え、剥き身で持ち歩くのは止めたまえ。

たんとパーツを買ったから、これから校務がひとつ片付くたびに、一工程か二工程くらい、空いた時間の応じて製作を進めよう。

さてさてオーディオ機器を作る

医師の指導に従い服薬を継続している。通院の端緒となった極めて不快な症状は雲散霧消し、かえって薬が効きすぎたかのような気分すら味わう日々。でも、頭の廻りが芳しくないことへの言い訳はしっかりゲットした ( ̄ー ̄)ニヤリ

いつもお世話になっている隣の研究室の先生から、面白そうな判例をいただいた。薬の影響を脱して頭が廻ったら、エントリを立てるか。

音の良いプリアンプを作ろう(その2)

考えるまでもなく無謀なプランだ。およそ1年の間にキットを数点、人手を借りずに完成させたことがあるとはいえ、回路図に書かれたパーツの意味が総て分かる訳もなく、部品の定数を決める知識などある筈もない。本を読んで勉強するのは本業だから苦にならないが、付け焼き刃ではすぐにボロが出る。なにより、失敗しても誰にも頼ることができないという不安は大きい。

逆に、だからこそ作ってみたいという野望も止まない。少しずつ道具を買い揃え、細かい手仕事の末に何かを作り上げるという、どこから見ても地味な作業の見本を見せてくれたのは、父だった。黙々と何かを作っている父を見て育った私には、ものを作ることは当然過ぎることかもしれない。「エレクトロニクス少年」が長じて「真空管おやじ」へと、時代を遡っただけなのだ。

今回の単段増幅コントロールアンプは、キット屋さんの現行商品の中で、恐らく一二を争う部品の少なさだと思う。各パーツの意味はどうにか理解した。通販で、様々なパーツが届くと、次第に興奮が高まってくる。信号系は完全に公表された回路図のまま組み上げるが、電源回路は使う真空管が異なり、そのための特注トランスを用いることを前提に、若干の手直しが必要になる。幸い、電源回路シミュレータというソフトを手に入れたので、計算をせずに抵抗やコンデンサの値を絞り込める。こうして考えた回路に必要な部品が次々と届く。

が、ここで、アルミと鉄のシャーシに丸や四角、サイズも色々な穴を開けるという工程が待っている。父に習っておけばよかったと思っても、後の祭。(何故か)以前から持っていた電気ドリルを主として使うが、これでは10mmを越える穴は開けられない。そこで、近所のホームセンターでステップドリルを一つ買った。だがこれでも直径20mmより大きな穴は無理。適切な道具を使わなければ、不満足な結果にすら到達できない恐れが大きい。悩んでいると、ネットで10,000円未満で販売されている油圧パンチを見つけた。もし、ショップにシャーシの穴あけ加工を依頼すると、1回5,000円から10,000円かかる。二つシャーシの加工をすれば元が取れるではないか。国産の1/10程度の価格だから、より難しい角穴の加工などはできないが、やはり専用の工具は魅力だ。

ほどなく重たい油圧パンチが届き、加工技術の低さを前提に、かなり大きめのシャーシも注文した。フリーのCADソフトで、実寸の配置図を考えたりしながら、数日間連続で自宅に引き籠っていられるチャンスを待つことにした。また回路図は暗記してしまった。我ながら、なんで「道楽」となるとこんなに勤勉なのだろう・・・。「道楽」だからか・・・・・。

里帰り

多分、月一程度の頻度で帰省しているから、狭い庭を眺めても、会津の季節の変化をしみじみ感じることが出来る。昨年、随分な数の花をつけた、とある山野草は、父が持っていってしまったのか、一つの芽も出なかった。およそ一年以上、手を入れる気持ちの余裕もないから、無秩序な部分が日に日に増えてくる。母の具合も落ち着いてきたことだし、次の帰省の折にはしっかりと草むしりでもするかな。

日曜日、父の一周忌の法要を、ごく内輪で執り行った。母はまだ長時間同じ姿勢でいることができず、私と、父方母方の親戚代表とで菩提寺に赴き経を読んで貰うだけの、はなはだ質素な法要だった。私が戻るまで準備らしい準備もできないことが気になっていたが、土曜日の明け方、夢に父が出てきた。法事の準備で、従兄と道を急いでいて、ふと振り返ると父が笑っている。諸々のドタバタやら不手際やら、許してくれているようだ。

同じ頃、秋葉ではとんでもない事件が起こっていた。次の土曜、秋葉に行く予定だ。キット屋さんの試聴会があり、ついでに設計中のアンプのパーツを調達しようと思っていた。

江戸時代は火除け地としての空き地だった。戦後、『ロクタル管の話』(柴田翔)で描かれた、進駐軍放出の電気部品を扱う露天商は、高度成長期に巨大な電器店街に成長した。卸も小売も渾然と、製品も部材も区別なく商う町は、ある意味豊かさを具現し、憧れを集めた。シロモノ家電もハイファイオーディオも、みんなその町にあった。DOS/Vパソコンの自作も、その町から始まった。私には理解できない不思議な風俗も、その町で生まれた。戦後一貫して猥雑なエネルギーを産み出し続けた町に、何が起こってしまったのか。

無性に腹立たしく、悲しい。

「弁護士ゼロ地域」の解消

この件に関して、日弁連会長のコメントが発表された。「司法」という「サービス」を拡充するために不可欠な弁護士増員だが、今回、裁判所支部(全国で203ヶ所)の所在地でありながら、常駐する弁護士のいない「弁護士ゼロ地域」がなくなったという。御同慶の至りである。1996年から12年かけて、47ヶ所の「ゼロ地域」が解消されていった。関係各位の御努力に心からなる敬意を表する。

「無医村をなくそう」という国家的事業と同様に、重要な社会的意義のある「無弁村」撲滅は、しかし、非常に地味に、静かに進行したようだ。人は、少なくともこの日本で、医療と無縁のまま生涯を終わることはできない。だが、法律家と会話することなく天寿を全うすることは、決して珍しくない。犯罪はもちろん、紛争をともなう重大な権利の変動も経験せずに一生を送れたら、それはとても幸せであるが、決して夢ではない。この国は、地域の中で紛争を未然に防ぐとともに、発生してしまった紛争も、極力「お上の手を煩わせる」ことなく、地域の創意で解決する伝統を持っていたのだ。

「持っていた」という過去形である。今や、近隣のトラブルすら穏便に解決する術を失い、地域は単なる偶然で一致した居住地という意味しか持たない、といった有り様も散見せられる。隣近所のささいな揉め事をうまく纏めてくれる長老、ご隠居ははるか昔に消えてしまったから、公平な第三者として問題解決にあたる「司法サービス」が必要になる。しかもその「サービス」とは名ばかりで、とてもじゃないが使い難い。そもそも「司法サービス」以前に、弁護士を始めとする街の法律家の「サービス」を受けないと、「司法サービス」まで辿りつかないのが現状だ。裁判所のある隣町まで出かけても、弁護士がいないんじゃ、いつになったら裁判というサービスを受けられるのか。

司法試験合格者の大増員は、どうやら消えたようだ。粗製濫造は断じて断りだが、相談する弁護士を選べないという状況は望ましくない。横丁のご隠居のように、街の人々のちょっとした困り事にも気軽に智恵を貸してくれる、そんな街の法律家が増えることを念じて止まない。裁判所と支部のない市町村は、ほぼ例外なく「無弁市町村」だが、司法サービスが不要なほど、古き良き日本が残されているわけではないのだ。

さてオーディオ機器を作る

勤務先は水曜日が会議日。まだまだ新参者で難しい仕事は回ってこない(といいな!!)とはいえ、今日も二つの会議に出て、かなり疲れている。今週の体調不良はどうも本物のようで、たびかさなる長距離移動やらなにやら、かなり過負荷状態だったのだろうか。

手元には本と、CDと、真空管を始めとするパーツ類が増え続けている。前二者は金沢時代から減ったことなどないが、パーツ類の劇的な増加が、これまでできなかった「趣味」への渇仰を表している、と思うのは私だけだろうか・・・。

体調が戻らないと、次のアンプを組み上げる気力が出ないし、そもそも締め切るのある仕事がいくつか目の前を行ったり来たりしているから、やはり仕事を先に片付けるのが順当か。つまらんな。

音の良いプリアンプを作ろう(その1)

年明けに、ネットでTANNOYの(私の感覚では)かなり大きなSPを買った。このメーカーの現行同軸2WAYを近所のハイエンドオーディオショップで聴いた時は、「なめとんのか?」という音だったが、熱烈なファンは多いし、鳴らす「コツ」めいた話も小耳に挟んで、このメーカーの、しかもやや古めのSPをどうしても所有したくなった。ただ、設置場所の関係で、おのずから「大きさ」には限度がある(このメーカーのは大きいんだな、とにかく)。で、あれこれ思案していたところ、私の現在の環境でも「置く」だけならなんとかなりそうなタイプが見つかった。

音は、凄い。送信管アンプの圧倒的な情報量に怯む気配もなく、豊かに延びのある中音、下っ腹に響くような低音、そして送信管アンプの持ち味である透明で輝かしい高音を、これまで聴いたことのない純度で聞かせてくれる。この機器類で存分に音楽を聴きたいから、人里は慣れた山奥にでも引き籠ろうか、と本気で思う。

TANNOYのフロア型がかなりの床面を占拠するため、従来のSPの置き場所に腐心することになるが、TANNOYの上にウッドコーンとアルテック404を置いてみたところ、TANNOYがホーン代わりになるのか、小さなSPの低音がいきなり充実し、ますます良い音の競演を繰り広げてくれる。

足るを知ることは恐らくないだろう超俗物である私は、このTANNOYと副次的効果に気を良くして、次なるシステム向上策に着手することに決めた。以前、ロシア球屋のFさんから買ったWE328A互換球を使い、トランス出力プリアンプを作る。そう決めた。始めて作ったオーディオアンプはケンクラフトのプリだった。始めて作った真空管アンプも、エレキットのプリだ。やはり(何故か)プリを作りたい。

モデルはキット屋さんの定番プリSV-310。Western Electric の五極管をチャンネルあたり1本ずつ使った、非常にシンプルな回路だ。部品点数が少なく、ほぼど素人の私でも全体を見通すことができ、デッドコピーしようか、という気にもなる。328は310のヒーター電圧違い球で、定格の上では同じ動作をする。キモになるのは出力トランスだが、ネットで同じものを売っているのを見つけ、迷わずゲット。同じショップでチョークコイルも買い、気がつくと大物パーツで足りないのは電源トランスだけになっていた。キット屋さんが使っているのは特注らしい。ならば、と、おとなり長野のトランスメーカー、フェニックスに、欲しい電圧、電流、整流方式などを書いて見積りを依頼してみた。

するとほどなく返信があり、納期2週間で、予想外に安価にできるという。一も二もなく正式発注し、納品まで、全体を収めるシャーシ、抵抗やコンデンサ、プラグなど小物パーツを、主としてネット通販で物色することにした。キットではなく図面からアンプを作るのは生まれて初めてで、試行錯誤、紆余曲折は覚悟の上だ。というか、パソコンもそうだったが、技術を実地で身につける以外に上達の方法がないから、高価なパーツを駄目にしない範囲で失敗も可、という気持ちで取り組むことにした。

ところが10日ほどで特注のトランスが届いてしまった。早すぎる。必要なパーツはまだ揃わない。が、もたもたするのもイヤだ。講義と校務のピークを越える1月末から2月頭にかけて、一気に決行する方針を固め、秋葉その他のショップに通販を依頼した。

些か異議あり

退院して一人暮らしに戻った母を見舞うため、週末は会津で過ごした。退院直後は真っ直ぐ歩けないほどの衰弱ぶりで、親戚知人縁故関係手当たり次第に、様子を見てくれるよう頼んで回ったが、今回は随分と回復したようで、正直ほっとした。もっとも父に続いて母の大病は、私には相当のストレスだったようで、残念ながら体調が思わしくない。医者通いは望ましくないのだが。

久しぶりのエントリがこの記事へのコメントとは、少々複雑。

<長崎市長射殺>死刑判決の要旨(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
昨日の午前中、実家で母と軽い食事をしている時に、ニュースで「主文後回し」が報じられた。量刑相場から死刑はないだろうと思いこんでいたから、判決理由を詳しく知りたいな、などと考えていたら、老母が言った。「市長を殺したから死刑だが、私を殺しても死刑にはならないんだろう。なんか納得できない」。我が母ながら、なかなか鋭いことを言う。もう少し若かったら、裁判員として堂々と「正論」を吐くだろう。

甲府に移動した後に見たニュースや、今朝の新聞報道で確認したが、判決は被告人の行動を「暴力によって被選挙人の選挙運動と政治活動の自由を永遠に奪うとともに、選挙民の選挙権の行使を著しく妨害したのであり、民主主義の根幹を揺るがす犯行というべきである」と極めて厳しく指弾している。被害者が選挙運動中であったことを最大限に考慮し、犯行に「政治的意味」見いだそうとしている。が、はたしてそうだろうか。この論法だと、被害者である市長が選挙期間外の公務中に遭難した場合、選挙期間外の私用中に遭難した場合とで、犯行への評価が異なることにならないか。

以下私見だが、大前提として、本判決の結論を支持する。しかし理由は、公人に対する政治的テロ、選挙テロだった、と評価するからではない。
    1.被告人は極めて反社会性の強い暴力団の
    2.幹部構成員であり
    3.不正不順な経済的要求が認められなかったことで市長を逆恨みし、
    4.銃器を使用し
    5.多くの人々が往来する市街地で
    6.他者を巻き込む危険も顧慮せず複数回発射した
結果、被害者を死に致らしめたものである。被害者の人数に拘泥し、機械的に死刑を回避できるような事例ではない。

ここで、被害者が現職市長であり、候補者として選挙活動中だったという点を重視しすぎてはいけない。確かに、直後の選挙に与えた影響は甚大だったが、理不尽に命を奪われた被害者の選挙権、被選挙権のみが尊いというがごとき論調は、平等権を犯しかねない。本件は上記各理由をもって、十分に死刑に値する憎むべき犯罪である。被害者である市長の無念は如何ばかりであろうか。だが、自宅に籠城した暴力団員を包囲したところ、県警幹部の拙劣な現場指揮で犯人の前に身体を晒す羽目になり、結果射殺された警察官も、市長と同じか、あるいは目前で職務を果たせなかった分だけ、市長よりはるかに春秋に富む分だけ余計に無念だったであろう。抗争に巻き込まれ、果ては人違いで、兇悪な暴力団員の手にかかった名もなき市民は、犯人と接点がない分だけ、より一層無念であろう。

本件のみが、ことさらに重大な結果に至ったのではない。

日常への回帰(見込?)

連休中に母親が退院しました。決して便利とはいえない田舎に一人暮らしですから、隣近所やら親戚やら、やたらと迷惑をかけてしまうことになり、一人息子としては違う意味で気苦労が絶えません。その上、12時間以上の手術と二日間の集中治療室で装着されていた自動血圧計がキツ過ぎたらしく、左手が効きません。原家の人間から手先の器用さを取ったら何が残るのか、と、口には出しませんが母も私も気に病んでいます。母の友人が毎日、揉み療治に通ってくれていますし、焦らず気長にリハビリするしかなさそうです。

帰省 = 病院通いという、それはそれはイヤな年月が流れました。福島県内の高機能病院はあらかた廻りつくした感があります。そろそろ、旧知の人々と会い、素朴な季節の実りを楽しむことを主たる目的に、のんびり帰省したいものです。

ところでこの冬、実家で除雪に使っていた井戸が涸れてしまいました。病気の独居老人に重い雪を片付けることなど出来る筈もなく、近所で一番最後まで雪を残す羽目になりました。同じ用途で地下水を使うところはどこでも、数年に一度は井戸の掘り直しが必要で、今年は当家の番に当たってしまったわけです。

連休の最後に実家で地鎮祭を行い、工事を待つだけになっていましたが、今日の夕方、母から電話があり、既に新しい井戸から水が出ており、あと一日か二日で工事が終わるとのことです。庭の水撒きにも難儀していましたから、更に一安心といったところですが、これで夏のボーナスが消えたかと思うと、実に寂しい心地がします。去年の、「ドカッ」と重い地響きをたてて舞い込んだ金沢市からの納税通知に、ほぼ全額を持っていかれたという悲しい記憶がありありと蘇ります。僅かでも残れば、珍しい真空管でも探すことにしましょう(爆)。

釈然としない

実家に、地元自治体から19年度分の公租公課の領収通知が届いていた。固定資産税、母の健康保険税、そして父宛に住民税。引き落としは、父が亡くなった2週間後から始まっていた。課税基準日は1月1日だから、半年後に死亡した父に課税されるのは仕方がない。父は5年以上煩っていたため、家計の管理は母名義の口座で行うよう変更しておいた。父名義の銀行口座なら引き落としができない時点で何か言ってきただろうが、母の口座からだから、あっさりと引き落しが完了し、母が入院のため留守している間にその旨通知が届いた。

制度上、何等の問題もない行政行為だが、この通知を母に見せるのは止めておこうか。退院して家に戻ればすぐに溜まった郵便物を開くだろう。その時こんな通知が目に入ったら、と思うと情において忍びない。

ガソリン税が囂しい。「日本のガソリンは税金のせいで高い」とは、およそ誰でも知っている話だが、実際どの程度税金なのかは知られていなかった。それが今回のドタバタではっきりと知られてしまった。禁断の果実の味を知ってしまった気分だ。道路整備に金が必要なのは誰でもわかる。だが、「地球が滅亡するまでかかっても絶対に償却できそうもないガラガラの高速道路」なんか作ってもらっても、地権者と土建屋と天下り役人以外は喜ばない。まして、次々と見つかる無駄づかいを見れば、増税止むなし、と心底思える人の比率は否応なく下がる。

ガソリンをはじめ、ナシでは済まされないエネルギーの値上げが迫ってくる。かつての狂乱物価の再来かと思うと、実に恐ろしい。年金暮らしの母は大丈夫だろうか。小麦もバターも、どうしようもないレベルまで上がっていきそうだが、「バター輸入枠前倒し」以外に、政府が対応策を打った、あるいはせめて検討する、といった話が全く聞こえないのは何故か。

花を叩き折るオヤジの姿が放映された。情けなくて涙も出ない。花盗人が咎められなかったのは何故か。愛でる心の一片もなく傘を振り回すオヤジの行為は、殺戮に等しい。抱卵中の野鳥を打ち殺すに至っては、もはや言葉もない。加害者はきっと、この話しを聞いて心を痛めたほとんどの日本人に共通するイメージで間違いないだろうが、そんな奴らを産み出したのが我々の日本の社会かと思うと、切なさを通り越す。

どうしてこんなに、徹頭徹尾、優しくない国になってしまったのだろうか。「道徳」が嫌いな方々も、「人情」なら文句は言うまい。世の人情が紙よりも薄くなってしまったのなら、学校で教えてでも次の世代に伝えなければならない。このままでは、国の行く末は真っ暗に思えるのだ。

今年何度目の帰省だろう

25日金曜日、朝から電車で移動する。中央線からの乗り換えは何度となく経験したが、初めて、遅延のために予定した列車に乗り継げないという、最悪のパターンを経験した。気象変動や事故などわかりやすい理由ではなく、ラッシュの余波による遅延。春先、ラッシュに不慣れな新人が、すし詰めなりの秩序を乱し、数秒から数十秒ずつの遅れがやがて10分単位の遅延につながる。かつては毎年、山手線で経験したありがたくない春の風物(?)を、こんな場面で味わいたくはなかった。しかも乗換駅では駅員のいない窓口と長蛇の列。後日、機会を見て然るべく対応してくれようぞ。

会津に戻る前、郡山で入院している母を見舞う。もう一月半も入っているから病人も心配だが、こちらは親身なドクターが事細かに経過を話してくださるので、信頼して任せる以外のチョイスはない。それより心配なのは留守宅。毎日ご近所さんにお願いして猫の餌を足してもらっているが、猫だけで留守をさせればどういうことになるか・・・。

病院に行ってみると、月末に退院の可能性が出てきたという。安堵の胸をなでおろすと同時に、30日に出校しなければならない私に代わって母を迎えに行ってくれる親戚を頼まなければならない。なんとも間の悪いことよ。

ドクターから丁寧な説明を受け、やや長めの見舞いを終えて、ダイヤ改正のたびに不便になる磐越西線で会津へ。日のあるうちに帰り着いたが、家の荒れようは想像を絶する。なんといっても、外飼いの猫たちを自由に出入りさせるため、野良猫も自由に入り込んでしまう。帰宅して、臭気を少しでも抜くために窓を開けて回ると、家の一番奥、母の寝室で、猫たちのために用意しておいた寝床にでかい野良猫が我が家のように寛いでいる。私に気が付き、驚いて体を硬くする奴と私の距離は約2メートル。障害物が多すぎるし、投げつけるものも手にはない。攻撃手段を探す一瞬に、奴は母のベッドの下に逃げ込んだ。

大きなごみを取り除け、掃除機をかけ、厚手の除菌ウェットティシュであちこちを拭いて回る。母の寝室に戻ると、奴の姿はない。更に掃除を続けていくと、母の寝室のもっとも奥、本棚の上に奴が隠れているのに気づいた。奴が逃げようとすれば、私に向かってくるしかない。見回すと、1mのものさしが。これなら仮に奴にヒットしても、怪我する恐れもない。奴に逃げ道を与えつつ、しかし人間は怖いと思わせる程度の攻撃に踏み切る。

飛び出して、一目散に逃げていく奴が家から出た瞬間、やはりうちの餌を狙う別の野良(近所では狸と通称される嫌われ者)と鉢合わせし、野良同士でものすごい喧嘩が。後から出てみると、現場には狸の毛が大量に抜け落ち、黒が優勢であったことがわかる。長く近所のボスだった狸の影響力に陰りがでたということか。

一部始終を安全なところから見ていた次女、三女、長男がなにやら文句を言いながら寄ってくる。「撫でろ」「ごはん」はわかるが、あとは何を言っているかわからない。キャットフードを何種類か開けると、がつがつと食いつく。野良に気おされて食べるに食べられなかったのか。食べるとまた、なにやら大声で文句を言いながら寄ってくる。

随分遅い時間になって残りの二匹も現れ、全員の無事を確認。長女だけがキッと私を睨み、触らせてくれないが、他の四匹はくっついて離れない。こいつらを適当にあやしながら、数日間で荒れ果てた家をなんとかする、という、とんでもないミッションがスタートした。
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