2006.01.31 火曜日 22:35
『ウィーンの冬』
静かな美しいプラハの市街は一夜にして,硝煙と戦車の走る轟音と学生のシュプレヒコールに包まれてしまった。いつも微笑みを忘れなかったドゥプチェックは何処へ行ったのか。チェッコ・スロヴァキアは自らの統制力を失った。変わらないのは,ヴルタヴァの静かな流れのみである。
ワルシャワ条約機構軍に蹂躙されたプラハから、日本の外務省にあてて発せられた公電は、事態の深刻さとは裏腹に、あまりにも詩的であった。
この公電を発した書記官が、後に春江一也というペンネームで『プラハの春』を、続いてベルリンの壁崩壊を軸に『ベルリンの秋』を発表したことは記憶に新しい。史実と、外交官という特殊な立場での知見を下敷きにした両書は、未だ歴史として定着する以前の出来事を見事に活写し、かなり不得手な東欧史への興味を掻き立ててくれた。