『気骨の判決』

前任校在職中は、三田の生協で新刊書を買い漁るのが楽しみだった。だが現任校では書籍の入手ルートもかなり充実し、重い荷物に更に本を積み上げることは減ったのだが、それでもふと気になる本が目に止まれば、もう買わずにはいられない。



この夏のご奉公週間に手にした中の一冊。昭和17年の「翼賛選挙」を無効と断じた判決があった、という話は物の本で読んだ記憶があるが、その経緯は全く知らなかった。本書は、この事件を担当した大審院判事吉田久の小伝。文章は至って平易で、いたずらに正義を喧伝することもなく、事実がスッと頭に流れ込んでくる。

本件判決原本は、言渡直後の東京大空襲で焼失した、とされていたが、つい最近、最高裁が保管する未整理文書の中から発見されたという。筆者が本書を書く契機となった出来事だが、恥ずかしながら私は、この裁判書発見というニュースを知らなかった。前任校最後の年で日々是神経戦だったから、世の文化的な出来事にまで注意が回らなかったということか。この判決は勿論だが、未整理の文書類にものすごく惹かれる。

現行法、日本近現代史に興味のある方は、早めに一読をお薦めする。

この裁判は何を残したか

26日の朝、前日までと同じ時間に目覚めてしまった。急ぐ必要はないが寝直すこともできず、結局、非常にのんびりと荷物をまとめた。山の手線で品川から東京に移動し、八重洲のフーディストで蝦夷地の産品を軽く一抱えほど買い込んだ。実家で母親と、端から食べ散らしてみたが、蝦夷地恐るべし。

郡山で新幹線から在来線ら乗り換えるのだが、その10分ほど前から猛烈な睡魔が。ふらふらと足元も覚束ないまま何フロアか階段を下り、在来線の固くて狭い座席に座り込み、気付いたら終点直前だった。疲れていたんだとしみじみ。そろそろ後身に道を譲るべきか。

1週間ちょっと留守にしただけなのに、私の部屋は、猫達が汚し放題に汚してあった。寝られるように片付けだけで、存分に疲れた(ToT)。


去る20日、福島地裁で無罪判決が言い渡された大野病院事件に関し、地検が控訴を断念するというニュースを、夕方のローカル枠で地元民放各社が流した。無罪という判決はいたって妥当であり、これを覆したいなら事後立法でもしなければ無理だ。地検の判断も至当と言えるが、それでは「起訴」という判断には無理はなかったのか。

遺族の心中は察するに余りある。真実を知りたいと思うのは当然だし、それを「権利」として主張しなければならないとしたら、説明義務を負う医療関係者は責められてしかるべきである。だが、医師は患者に「完治」を請け負うわけではない。不幸な転帰を迎えることが民事刑事の責任に直結するというのは乱暴に過ぎる。また、医師が完全な無答責を求めるというのも不見識甚だしい。

被害者の無念、遺族の悲しみと産科医療崩壊の代償が、第三者機関設置への「議論」が起こったことだとしたら、あまりにも犠牲が大き過ぎる。第三者機関の設置は勿論だが、医療者と患者の間に、立場の違いを越えたコミュニケーションを確立することが喫緊の課題といえよう。

そしてもうひとつ。いかに遺族の処罰感情が強かったからとはいえ、被害者の死亡から2年以上たった2006年の暮れになって、県警、地検が逮捕を強行しなければならなかったのは何故か。無罪判決が確定しても、捜査関係者も本部長賞を貰った署長も罰せられることはない。だが、この逮捕、起訴で失われたものは余りにも大きいのだ。何故なのか。真相を知りたい。

打ち上げ

って、いきなりかい!(→自分)

なんとか最後まで保った、というのが実感。ラスト2日は喉にはっきりと異物感を覚え、時々声が裏返るていたらく。午後は立って話すのが辛いと感じる時間の方が長かった。そろそろ、何か考えないといけないようだ。

この期間、体力温存を第一に過ごすが、日頃なかなか会えない友人諸賢と会食する楽しみだけは外せない。今年は「大幹部」のSさん(いつもご馳走様ですm(__)m)を始め、同業者のT先生、B先生(ざる豆腐、美味かったですね)、心理学のS先生、P先生(今度はパラゴンを聴きに行きましょう)と、食事と会話を存分に楽しむことができた。

そして最終日の今日、試験後、大幹部SさんHさんの算段で、昨年に引き続き打ち上げが開かれた。私と御両所を含めて10人という、話やすい規模での宴会で、またしても喉の痛いのを忘れ、食事と会話を楽しんだ。ご参加の各位には、大変楽しい時間をありがとうございました。

明日はのんびり起きて、のんびり北に移動の予定。さて、寝るかな。

北京の君が代

迂闊であった。

毎年のご奉公の日程が決まるのは年度が変わるより前のこと。常宿は、「ボランティア秘書」のSさんが予約開始日にサクッと取って下さるので、稼働率9割超という人気ホテルに安楽に泊まれる(毎年毎年ありがとうございますです)。チェックイン日が決まるのだから、その日に上京用の指定席を取ればいいのだが、例年、直前でも難なく席が取れていたので、今年も何も考えていなかった。そしてつい数日前、今年の移動日がUターンのピークと重なりそうだと気付いた。時既に遅かった。

結論からいえば、磐越西線も新幹線も見事に座れたが、乗れる電車を待つために一時間以上ロスしている。もしも順調に進んでいたら、例えば宿に入る前に秋葉に寄るとか、好きなことができたのに・・・。

今日は宿で、さっと明日の用意をして休むことにしよう。明日から「ご奉公」だ。


出かける直前まで、実家で母とオリンピック中継を観ていた。母は大昔、バレーボールの経験があり、地元の競技団体の役員もしていたくらいだから、バレーの中継は最優先で観ている。で、怒っている。

私は、スポーツは全然やらず専ら音楽だったので、日本選手の活躍に一喜一憂するという、(多分)平均的日本人の見方をしていると思う。ところが先日、何かの種目で表彰式で、あまり大きな音ではなかったが北京バージョンの「君が代」が聞こえてきた。かつては表彰式の時間短縮のため無茶苦茶なカットが施されたりしたこともあったが、今回は問題なさそうだ。と思った矢先、「えっ」という、狐につままれたような気分に陥った。6小節の1拍目、3拍目に銅鑼が入っているではないか。

6小節の1拍目は「さざれ石の」の「い」の音で、標準の管弦楽アレンジでは、5小節3拍目からのバスドラム、スネアドラムのロールがクレッシェンドし、最大音量に達する点。そこに銅鑼の音が重なると演奏効果は抜群だが、非常に中華風に聞こえてしまう。評価に苦しむ編曲だ。エッケルト以来伝統の和声も若干手が入って、とても「今様」。アメリカ、ドイツの国歌も聞いたが、達者な「今様」の編曲で面白いと感じるが、果たしてアメリカ人、ドイツ人がどう評価しているのか、興味のあるところだ。

充電中

会津に戻って半月、一度だけ母親を定期検診に連れていった以外、病院に行かない休日がこれほど穏やかなものとは。自分の健康状態も順調で、右目の端に母親を、左目の隅に猫達の姿を捉えつつ、意識のある間は専ら本を読み、合間に細々とした家の事共をこなす。

急激に回復しつつある母親の頼みで、猫達のポートレートを撮り始めた。注文は、「床にごろごろしている猫の目の高さから撮ったアップ」。

まずは長女10歳。時々ふらっと出かけて一晩二晩家を空けたりするが、母親が心配し始める頃、どこからともなく現れる。

3歳になる長男。身体は一番大きいが声は小さい。屋根に登っては自力で下りられなくなり、明け方から起こされること数度。

次女10歳。目つきが悪いが、一番弱虫で目が離せない。

三女はカメラが嫌いらしく、なかなかいい画が撮れない。四女はひたすら落ち着きがなく、いいポジションでカメラを構えることすらできない。後日再挑戦だ。

慣れない盆の行事も終わり、明日はご奉公のためにお江戸へ上る。

二つの判決

8日金曜日、お盆休み前最後の平日に、東京と甲府で刑事事件の判決があった。

例のストーカー判事一件の判決公判で、甲府地裁は被告人に懲役6月執行猶予2年の有罪判決を言い渡した(ソース)。裁判の進行に関する感想、ないし疑問は既に述べたが、判決は予想通り、ほぼ「極刑」。どこから見ても裁判員制度を意識しまくった裁判だったが、これがストーカー禁止法違反行為についての「先例」となるなら、「思慮を欠いた(本人コメント)」この判事、恐らくはこの先、弾劾裁判所で罷免されるであろうこの判事も、以って瞑すべしというべきである。

ストーカー行為は一見軽微であっても、より重大な結果を招来する危険は甚だ大きい。最初に事件の申告を受ける警察を始め関係機関には、本裁判を教訓に、厳格な対応を期待したい。

二つめは、東京地裁で言い渡された、前福島県知事に対する収賄事件判決である。

被告人は早々に控訴の意思を示しており、事件はまだ長引きそうだが、福島県民にとって、「有罪判決を受けた二人目の知事」という事実は重い。被告人の2代前、第4代知事木村守江が、全国知事会長の重責を負う身でありながら、建設業者から賄賂を受け、職を失った。公選知事が瀆職で訴追されるという、県民にとってこの上ない不名誉が悪夢のように蘇ったのだ。

被告人(恐らくまもなく控訴人)には、無罪推定が働くが、自らの権力に近親者を自由に接近させたことについて、まだ反省の弁はない。名望家が地域のボスとして君臨できた時代は遥か過去なのだと、いい加減に気付いたらどだろうか。気付くくらいなら、縄目の恥辱を受けたりはしないか。

高校野球の特殊な見方

ガキの頃から視力が低かった私は、球技が苦手だ。眼鏡越しに、高速で飛んでくるボールに立ち向かおうとしても、距離感が掴めないから非常に怖い思いをする。眼鏡やコンタクトを使うプロ選手もいるのだから、視力のせいだけではないが、興味を持てなかった原因としては十分ではなかろうか。

ただ、学部の頃には神宮まで試合を見に行ったこともあるし、家のテレビで甲子園の中継が流れていれば、敢えてチャンネルを変えることはなく、平均的な日本人として、自分と関係のある県の代表校を応援してみたりする。今年の甲子園も、何試合か観るとはなしに観ているのだが、ちょっと変な感じがしていた。

今日、塾高が40数年ぶりに勝ちを納めた。大慶至極である。ところが塾歌が流れたところで、違和感は確信に変わった。校歌、塾歌の録音を誰が用意しているのか知らないが、オケやブラスの伴奏が常道だと思う。ピアノだけでは荒々しいスポーツのイメージと合わない気がするが、まだいい。だが、今大会のように、オケ譜をMIDIで作るのは絶対に変だ。できのいいサンプリング音源ではなく、私でも持っているようなちゃちなシンセサイサーから出てくる合成波形では、演奏者の技量も感情も伝わらず興醒めだ。

随分以前に流行し、最近また注目されている(という)テクノっぽい音作りをするならGMでもGSでもXGでもいいだろう。ボリュームもベロシティも全く変化せず、すべての音のアタックが完全に揃うなんて、生身の人間が演奏したら絶対あり得ないサウンドも、意図して使うのなら面白い。たが、生身の演奏の代用にはなり得ない。生身に近づけようとすると、音楽的「表現」を盛り込むことが面倒過ぎるのだ。

信時潔の手になる、雄渾と形容するのがふさわしい塾歌は、感情のないMIDIで表現することが予定された現代音楽ではない。義塾にはワグネルの立派な録音があるのに、なぜあんな子供だましのようなことをするのか、理解に苦しむ。今年の甲子園で流れる各校の校歌は、大多数がMIDI音源で作られているようだが、下手でもいいから生身の演奏の録音を流してほしいと思う。出場校が自前で用意できなくても、その県の吹奏楽連盟と合唱連盟に相談すれば、なんとかなりそうな気がするのだが。

新盆

未明に激しい物音で目が覚めた。『ザー』ではなく『ドドドドド』という、低い周波数の振動を伴った轟音。天の底が抜けたような土砂降りに雷鳴が交じっていると気づくまで、しばらくかかった。

まだ暗いが、窓を閉めないと不都合だな、などど思っていると、近くで猫の声が。多分四女の声だ。ベッドの下で鳴いても滅多に上がってこない。手を伸ばそうとしたら、部屋のドアが開いて母が入ってきた。「何かあったか?」と問うと、「茶々(末っ子)が窓の外にいるらしい」との返事。庭の木から庇に上がり、雨のせいで下りられなくなったようだ。庇の上の窓を開けて家に入れ、乾いたタオルでぐりぐりと拭いて一件落着。

一年以上患った母も大分落ち着き、予想通り猫を中心の日常が続いている。何年も、父の看護だけを考えていた母は、自宅の5匹、母の実家の2匹、外に数匹の食客猫の面倒を見ることで、大きなすき間を埋めているのだろう。

今日は昼前から、当地の風習に従い、新盆に詣でなければならないとされている古刹に参った。平日だが結構な数の参拝客がいる。母も私も30数年ぶりの参拝で、作法も仕来りも覚えておらず、香を焚いて手を合わせるだけで出てきた。

車でなら、ちょとした遠出もできるくらい回復した母が、ある地名をあげた。かつて父が好きだった蕎麦の名所だ。一も二もなくその場所に向かう。何件か蕎麦屋が集まった一角で、何故かいつも入る一件の店。名物に美味いものなし、とはよくいったものだが、父と行く度に必ず食べた品を端から注文する。けっして美味い料理ではない。だが、父と他愛もない話をしながら啜った蕎麦の味だった。
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