軽めの一山

中規模な講義科目の試験でした。枚数からいって、即日採点可能と判断し、研究室に籠もる算段をしていたのですが、こんな日に限って突っ込みの用務が2件。別なことに手を付けると、出稼ぎ用のノートや試験が気になったり、来週師匠にお目にかかるまでに用意しなければならない史料が不安になったりで、なかなか着手できません。ぶれを避けるためには一気に進めることが絶対なので、着手の遅れで、当然のように終了も遅れます。たった一科目の採点と、事務作業2件でこれでは、秋にはどんなひどい状態になるか、想像したくもありません。

とんとご無沙汰のaudio記事も、随分ネタが貯まりました。加賀のO君からは、「光デジタル入力対応(要するにDAC内蔵)の真空管アンプが出来ないか(作ってくれないか)」という、楽しいリクエストも入っています。「先生は頂が高いほど喜んで登ると思う(O嬢)」という意見に励まされての注文でした。デジタル回路とアナログの真空管回路を共存させるのは結構面倒なのですが、登り甲斐のある頂を見せてもらった以上、登ってやらなきゃ男が廃るってもんで(笑)。今回はあくまでO×2の陰謀だからな、私に怒るんじゃないぞ>瀧山

O君と笑いながら長電話したのは昨夜ですが、その少し前、民主党のマニフェスト全文を見たいと思い、google先生に民主党のURLを尋ねました。私はgoogleのサービスイン直後からyahooとは縁を切って、何かというとgoogleです。ブックマークを残しておかなくても、その場で検索しても大した手間じゃないと思えるくらい、検索サイトは便利な存在です。ただ、googleで気に入らないのは(色々あるといえばそりゃまあ、いくらでも・・・)、広告リンクでしょう。検索語から関連づけたスポンサーサイトが表示されるのですが、いかにも売らんかなというえげつなさが仄見えて、どうも好きになりません。そして、商魂の逞しさが空回ったりしていると、あまりのバカバカしさに狙ったリンクに進む気力も萎えたりします。

さて、民主党のHPを求めてgoogle先生に質問した結果は、こんな画面でした。
このスポンサーリンク、「敵地先制攻撃」って、いったい何を言いたいのでしょうか。「友愛の実体を鋭くえぐる!」みたいな、いかがわしいオピニオン風サイトにでも飛ぶのかと思ったら・・・。興味のある方は、「敵地先制攻撃」の下の文字を、http://に続けて入力して見て下さい。私は思わず、「はぁ?」っと声を上げてしまいました。

これがリンク先サイトのSEOの成果だとしたら、賢いけど姑息なやり方であると断言しましょう。もしも民主党の持つ何らかの要素がリンク先サイトを引き寄せたとしたら、下には下があるもんだと、呆れるしかありませんね。

マニフェストを読む気が失せたのは、言うまでもありません。

近況ないしは当面の方向性

変な旗を立ててしまったのが仇となったようで、日一日と重さが増すような一ヶ月を過ごしました。何故か南関東の一部として梅雨明けが宣言されて以来、本格的な梅雨空が続き、不快指数は旗と競うように降りて来る気配を見せません。

仕事は、秋以降の恐ろしさの片鱗を見せつつ、じわじわと迫る来つつある、といったところでしょうか。とあるセクションからのミッションがかなりキツくなってきたので、密かに『ほどよくミスってお役御免計画』を進めていたのですが、計画失敗orz。結局お役が増えました(ToT)。

それでも何とか学期末までこぎ着けました。かつて自分が学生だった頃は、もう全力で夏休みでしたが、どこぞの役に立たねぇ役所が異様に細かく指図してくるようになり、8月突入は当然のことになってしまいました。来年はもっと遅くなることが確実・・・。政権与党が変わったら、あの役所が大人しくなる、なんてことはないか。

明日は試験、明後日は試験補助業務と前期最後の会議ですが、あれこれ片付けていくと、恒例の会津への移動は週明けになりそう。戻ったら、母親と猫を視界のどこかに入れて、貯まった本を読み進めようかと考えていますが、どうやらまた、家のあちこちにトラブルが生じている模様。メンテは金も時間もかかります・・・・。と、思っていたら、恩師から仕事の電話が。秋からの忙しさに拍車かかりまくりの悪寒予感。

そういえば、夏の出稼ぎ用のレジュメ(なんてものを作ろうと思った記憶がかすかに)、提出締切りは随分前だったな・・・。もうぐたぐたです。仕切り直して夏を乗り切り、秋に備えなくては。

メンテ中

Windows7 RC を入れたマシンのセットアップ、ようやく一段落しました。組み立て以来約3年を閲した、過去最長の使用期間を更新し続けているマシンに入れたのですから、苦労するのは当たり前ですが、意想外に軽い動作で驚いています。製品版がリリースされたら、新しいのを一台組むこととして、しばらくは、不十分なスペックを知恵と度胸で乗り切るつもりです。


買い置き(?)のHDDをパーティション分割し、何年も続けている「OS(Windows)とインストーラー付プログラム」をCに、「インストーラーなしのプログラムと各種アーカイブ」をDに、というパターンです。これだと、Dに入れる「モノ」は、前のマシンから外したHDDを取り付け、一気にムーブ出来るのでかなり楽です。

さて、ベータ版からの最大の変更点は起動画面かも。
ちょっと和風で良い感じです。

ところでわりとマメに巡回しているGIGAZINEで、ツボにはまるネタを見つけました。この手のジョークは大好きです。で、早速作ってみたのがこれ。

数ある「なんとか」メーカーの中でも出色の出来、死亡フラグメーカーです。

ただ・・・、
どう考えてもこの旗、一年中立ちまくりでした・・・。

ささやかな楽しみ

会議と長距離移動を何週か繰り返しているうちに、体内時計が強い電磁波か謎の毒電波でも浴びたらしく、朝の6時になると問答無用で目が覚めてしまいます。しかもこの体内時計、「寝てから6時間」か「朝の6時」のどちらか早い方で作動しやがります。器用さが自慢でも、この時計には手も足も出ないし、生産性低下の言い訳は、もう何年分もストックしてあるからいらないんですが・・・・。

書斎のパソコンにインストしたWindows7ベータ版は、8月で期限が切れてしまうので、研究室でセットアップしたばかりのWindows7RCマシンを持ち帰りました。どちらも金沢で作った旧機種ですが、Windows7でならそれなりに使えることを確認しています(Vistaは論外ということで)。昨夜から、4台ほどマシンを起動して(←おいッ!)家庭内LANを通じてデータやら、設定情報やらをRCに送り込んでいますが、急ぐ時には絶対にやってはいけない作業ですね、これは。HDDを直に「移植」しても、別のOSのライセンス下にあるファイルへのアクセスは制約があり、高速な転送以前のレベルで躓きます。そこで時間はかかっても、Windows7ネイティブの「File Transport」を使うことにしました。時間はかかりますが、完了後は、以前の環境がそっくり再現されますので、最終的には楽かもしれません。

この「かなり長い間」を使い、試作開始から半年以上放置し、先月ようやく回路を確定した全段差動プッシュプルアンプを弄ることにしました。今回はラグを使ったユニットを配置するつもりですが、シャーシのサイズとの兼ね合いで、一度組んだB1電源を再検討しています。

そうこうしていたら、アマゾンから箱がひとつ。昨夜注文した「おもちゃ」が届いたようです。先日出席したある会議で実機を触らせていただき、数刻の熟考の末、手を出してみることにした「ポメラ」です。納品書を見ると「クロ」と書いてあるので、これを頼んだのでしょうが、色について考えた記憶は全くありません(笑)。まぁ、綺麗なピアノブラックだから、結果オーライです。

事前に仕入れた情報によると、オキシライドやエネループは動作はするものの保証対象外とか。もちろん気にせず入れようとすると、_| ̄|○単4かよ。

一瞬がっくり来ましたが、このあたりの電池は切らさず在庫してるから平気さ、と気を取り直し、書斎の隅から、単4アルカリを掘り出してきて装填します。内部メモリー保持用のボタン銀電池を動作させ、モニターを開くとこんな感じ。左横のボタンを押すと爪が外れ、「カチャッ」という感じでフルキーボードが出現します。このギミック感がたまりません(^^)。「サンダーバード」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」で育った世代故か、こういう「細工」が大好きなんです。

まだ短時間触っただけですが、使用感は至って良好、快適です。昔懐かしい80286や386を使った単機能モノクロノートパソコンを思い出しますが、画面が極端に小さいことを以外は、かつての、持って歩けば肩が抜けそうになるノートパソコンより、はるかに使いやすいと感じます。キーバインドはMS-IMEかATOKか、どちらかを選べますが、私の常用するIME(の配列)はMS-IMEの原型であるWXをアレンジしたもので、各種ショートカットキーも含め、ポメラのデフォに慣れるのも苦ではありません。かつての「ノート」にMS-DOSとWX2、Vzエディタを入れていた頃を思い出しています。

会議でのメモ取りを中心に使っていくことにしましょう。ネットはおろか、エディタ以外、遊べる機能が全くないから、生産性が上がるのではないかと期待しています。使いやすい道具があれば、少しは会議の苦痛が軽くなれば・・・、とは甘いでしょうか?

ところでこのポメラ、専用ケースは無駄に高い気がして買っていません。傷が付くといやだから、「きれいな」か「かわいい」袋が欲しいなぁ>瀧山

遥かな記憶

父の三回忌で実家に戻っています。

現任校に着任して間もなく父が最後の入院をし、それからは、あっという間の最後でした。訳の分からないうちに、さまざまな宗教行事が執り行われ、夏休みに入ったと思ったら、今度は母が病みついていました。以来、ほぼ月に一度の帰省です。今は小康を保っているとはいえ、低空を、徐々に高度を下げながら飛んでいるような母と、勝手気ままな猫×6の様子は、直に見ないと対応できません。

今年の現任校の忙しさは、これまでの二年間とはまったく異質なものになりそうな予感(悪寒?)で、この帰省のペースも変えざるを得ないでしょうが、どこかで手を抜くなりなんなりして(←おいッ!)、うまく乗り切ろうと考えています。


実家で、法事の準備で動き回る間に、普段どおりにネットでニュースサイトを巡回していたら、
宮城県警石巻署で伝承教養「デカルチャー」制定
〜若手警察官に各級幹部が実戦的教養を定期的に実施〜
という記事で目が点に。このサイトを見たのは初めてで、熟読すべきか、突っ込むべきか迷ったが、とりあえず今日はこの記事に乗ってみようかと。

さてこの記事、一般紙のベタ記事をひどく劣化させたような悪文で、正確に理解できたかいささか不安だが、どうやら、若手警官を対象とする、幹部による講習を定期的に行うということらしい。その講習(記事では「伝承教養」)を、デカとカルチャーの合成語「デカルチャー」と呼ぶ。恐らくは、団塊世代の大量退職に伴う警察組織全体としての能力低下に対応するため、若手の底上げを図ろうという試みと思われ、きわめて前向きな姿勢と評価できる。

が、このエピソードの最大の突っ込みどころは「デカルチャー」である。このネーミングの影には、あるいは力強く賛成し、あるいはニヤニヤしながら同意した私と同世代の幹部、中堅が無数にいたに違いない。だが、もしそうだとすると、「デカルチャー」という言葉は、あまり適当とは思えなくなる。

私と同世代で、ある種の文化的成果に親和性の高い一群は、この言葉を次のように理解する。すなわち、「あるべきではない」「触れてはいけない」「とんでもない」といった名詞として用い、主に助動詞「だ」の連体形「な」を伴って後に来る名詞を修飾する。あるいは体言止めで「ばかな」という否定的意味を強く含んだ慨嘆を意味する。

【用例】
「宮城県警では、そんなデカルチャーなことをしているのか?」
「ああ、○○○○だって、××××だってやってる!」
「デ、デカルチャ・・・」



おぼえる・・・
おぼえて・・・
おぼえて、いますか・・・
おぼえていますか・・・、これは!?


甲府に帰ったら、一日で四つも重なった会議の山を乗り越え、この作品の「LD」(DVDではない!)を引っ張り出して見ることにしよう。ミンメイよりも早瀬中佐のほうがいいよな、うん。

検察審査会法の改正

二次曲線的に議論、もっぱら反対論が高まる中、裁判員法が施行された。もとより、今次の裁判員制度が最良であるはずもなく、制度の存続のためにも直ちに改正を要するような規定も見受けられるが、国民の司法参加が緒に就いたことを、静かにかみしめたい。

いやしくも民主主義を標榜するなら、三権のひとつが、主権者たる国民の意思と無関係に発生、機能、存続する状態を黙過してはならない。問題点を洗い出し、早急に改善することは容易ではないが、司法参加の理念を消し去るような脊髄反射的反対論は厳に慎むべきである。国民の司法参加は、「お上のお裁き」から脱却するために、避けることの出来ない階梯なのだ。

常々、法学の講義でも取り上げてきたことだが、裁判員法と同時に改正検察審査会法が施行され、「起訴議決」制度が導入された。これまでは全く法的拘束力を持たなかった審査会の議決だが、「起訴相当」(全11人中8人以上の賛成を要す)を二度行うと、事件は検察官の手を離れ、自動的に起訴されることになる。検察官による起訴独占主義に風穴を開ける(かもしれない)改正である。

今日、ある事件の遺族が、検察審査会に申立を行った。花火大会の警備に関して、警察署長、副署長の責任を認めず不起訴とした検察に対し、これまで、起訴相当の議決が複数回なされた。が、検察は不起訴の方針を崩さなかった。遺族は、新しい制度のスタートの日、何度目かの申立を行ったのである。

起訴議決によって、警察幹部の刑事責任が法廷で判断される可能性が生まれたのだが、遺族が期待する結論に至るかどうかは予断を許さない。「起訴議決に基づく公訴」は、検察官に代わって、裁判所の指名する指定弁護士が公訴を提起し公判を維持する。これまでも希に行われることがあった「準起訴手続」と同様のプロセスをたどるのだが、組織力を最大限に発揮して証拠を収集し、公判に望む検察官の役目を、個人の弁護士が行うのだから、その苦労は察するに余りある。指定弁護士が任に当たるのは、起訴を肯んじない検察官を排除する必要があるからだが、検察の組織力をもってしても公判を維持しうる証拠を得られなかったため不起訴とした、という事案の場合、個人である弁護士が、検察組織以上の証拠収集能力を示しうるか。悲観的にならざるを得ない。

だが、この制度も、国民の司法参加の一局面である。これまで置き去りにされた感のあった被害者が、法廷に向かって声を発するのである。被害者参加制度然り、付帯私訴また然りである。これで被害が回復され、無念が癒される、ということはなくても、門前払いより遙かに良い。間接的ではあるが、悲惨な事件の遺族を慰撫することも、司法の大切な責務なのである。「お上のお裁き」は、講談本の中の特殊なエピソード以外、遺族のことなど考えてはいない。ここから脱却する時がようやく来たのだと信じたい。

ある高裁判決を聞いて

福岡の、悲惨な交通死亡事故に関する二審判決が大きく報道されている。業過を適用した一審の判断が破棄され、危険運転致死が適用されたのだ。妥当な判断といえよう。

飲酒運転死亡事故の悲惨さに比して業過の法定刑ではあまりに軽い、という被害者遺族の声をうけて危険運転致死傷罪が制定されたことを思えば、検察に業過への訴因変更を命じた福岡地裁の判断を支持することはできない。だが、福岡地裁の苦悩も、わからないでもない。
(危険運転致死傷)
第二百八条の二  アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。
これが分かり難すぎるのだ。

この条文は当初、四輪車のみを対象としていた。二輪や原付では、どんな無茶をしてもこの条文の対象にはならなかった。改正されたのは平成19年のことだ。立法者は自分で運転することなく案文を練ったのか、と勘繰りたくなる。少なくとも運転に慣れていれば、「正常な運転が困難な状態」などという曖昧な要件を法廷に丸投げするとは思えない。

これを適用する裁判官も気の毒だ。当時者が事件発生当時、アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態であったかどうか、いつでもどこでも揺らぎなく正確に判定することなど、出来るはずがない。アルコールに対する適応力も酒好きと下戸とでは全く違うから、仮に摂取したアルコールの量や、血中アルコール濃度が正確にわかったとしても、基準にはならない。当然、個々の事例で判断が分かれても仕方がない。そもそも、裁判官は運転しない(と聞いている)。

だが、現実に事件が起こった時、それが、少量の酒を飲んだ下戸と、それこそ浴びるほど飲んだ酒豪とが、同程度に「正常な運転が困難な状態」に陥った結果だったとしたら、どちらがより「悪い」と感じられるか。福岡地裁の判断は、恐らく、健全な市民感情とは反対を指していると思われる。高裁は、それを是正した。弁護側は早々に上告の意思を明らかにしているから、最高裁によって、この不出来な条文に一定の解釈指針が与えられることになるだろう。括目して待つことにする。

この判決を「感情的」と避難するのは被告人の弁護人だが、感情のこもらない判決に、当事者の納得を導く力はない。だからこそ、市民の感覚に照らして妥当と思われる判断が必要なのだ。

ところで、訴因変更がなされ、裁判員対象事件が非対象事件になった場合、あるいは逆のケースでは、どういう措置が執られるのか。忙しさにかまけて勉強不足だな。

会津にて

なんだかほとんど住所地にいないんじゃないか、という気がしないでもない今日この頃。博多から戻って、どうにも気合が入らず、ルーティンワークを遺漏なくこなすのが精一杯という有様。脳の記憶領域、ないし思考領域がひどいフラグメント状態に陥ったような気分で、論理的、体系的思考に不自由する日々。商売柄、これは非常に拙い。なんとかしなければと思いつつ、あっという間に連休に。講義が休みになった30日、例によって会津に戻った。

今回の帰省は普段とは違う時間帯に移動したのだが、どこをどう間違ったのか、福島県内で2時間近いロスタイムが。間違ったのは私ではなく時刻表検索サイトのアルゴリズムを作った奴だ、と文句を言っても詮無く、新幹線を降りた郡山で最初の長い待ち時間。たまたま携帯サイトで見かけたパーツショップを探して歩くこと5分少々で、時間が止まったような店を見つけた。秋葉のガード下より遥かに広いが、品揃えと価格はかなり苦しい。でも、最近の基盤付きキットから真空管まで置いた店内を見ていると、妙な居心地のよさを感じてしまう。手持ちが切れていた小物を2、3品買って、ゆっくりと駅に戻る。

次に会津若松でまた長い待ち合わせがあるが、これは検索サイトのせいではなく、「喜多方から国会議員が出ないのが悪い」と言われて久しい。

7時間もかけて帰り着くと、健康と不健康の間を、やや健康寄りくらいまで回復した母と、あくまで他を省みない猫6匹が迎えてくれた。この進歩のない穏やかさは、実にありがたいと思う。

会津では、あちこちで満開の八重桜を見かけた。遅い春に似合いの、濃い紅が美しい。

Birthdayのメッセージを下さった皆さん、ありがとうございます。

まだ最高裁があった

既に各所で大きく報道されている痴漢上告無罪事件。判決がwebで読めるようになっていた。

自分が男だから同性の肩を持つわけではないし、現実に廉恥を欠く輩が存在すると思うと腹が煮えるような不快感を覚えるが、喧伝されるところの、痴漢発生から逮捕、そして有罪あるいは示談に至るプロセスは、およそ近代刑事司法が標榜する「無辜の不処罰」というスローガンを忘れ去った、魔女裁判並みに低劣なものに見える。今回の最高裁の判断が、この下劣低劣な猿芝居に一石を投じたことは間違いない。

那須弘平判事の補足意見を引用しよう。
冤罪が真摯に争われている場合については,たとえ被害者女性の供述が「詳細かつ具体的」,「迫真的」で,弁護人の反対尋問を経てもなお「不自然・不合理な点がない」かのように見えるときであっても,供述を補強する証拠ないし間接事実の存否に特別な注意を払う必要がある。その上で,補強する証拠等が存在しないにもかかわらず裁判官が有罪の判断に踏み切るについては,「合理的な疑いを超えた証明」の視点から問題がないかどうか,格別に厳しい点検を欠かせない。

下級審裁判官に対する強烈な戒めである。そして捜査に当たる警察官、公判を担う検察官にも、より慎重な捜査、証拠収集が求められる。無辜が冤罪に泣くということは、罪を免れてほくそ笑む変質者が存在するのだ。こいつが一番悪いのは、論を俟たない。


週末は博多にいます。初の九州上陸です。太宰府で梅ヶ枝餅を食べるのだ(^_^)

パブリックってぇのはなぁ!

ボ2ネタ町村教授のブログ経由で、こんなたわけたことが行われているそうな。

e-Gov(「電子政府の総合窓口」)に掲出されたパブリックコメント募集の公示。一覧ページでは93件もの募集が並んでいるが、その中にきわめて異様な募集がある。
中央教育審議会大学分科会法科大学院特別委員会「法科大学院教育の質の向上のための改善方策について(最終まとめ)案」の骨子に関する意見募集の実施について
とやらで、中身はこんな感じ。

何が異様かって、公示日と締切り日がすごい。4月11日公示で4月15日が締切りになっている。内容はというと、一太郎のファイルが二つ、リンクされている。どれどれ、面倒だがコンバートして見てみるか。で、書いてあるのは、これまで五月雨式に報道されたLSの問題点と、いくつかのLSを「潰す」という不動の決意が見え隠れする「改善方策」類であって、これを読んで、即座に意見をまとめられる者だけ、意見を言わせてやろう、という文科省のありがたい思し召しらしい。

現下のLSには問題が山積している、と思う。制度設計が甘く、しかも動き出したらすぐぶれた。当初は、まるで司法試験が易しくなるような誤解を与えた。旧司法試験合格者の平均年齢から考えても、2年や3年で合格水準に達するのは至難だ。しかもLSの2年や3年の間には、旧試合格後の修習を先取りする内容まで。ならばやはり、試験を易しくしなければ合格は無理だろう。そうしたら、合格者の質が低いと文句を言い出す始末だ。二回試験に合格しても、弁護士の就職難が深刻化しているし、新試験と二回試験の不合格者はもっと悲惨だろう。個々のLSの努力だけで対応できるレベルだと思うのか?。

そして文科の所行の極めつけは、このパブリックコメント募集だ。行政手続法に従ったものではないそうだから、30日の期間をおく必要はないようだが、だからといって、ざっと見ても頭が痛くなりそうな深刻な問題に、5日で意見をまとめろと要求するのか。おおかた、今月中に発表される予定の報告は既に出来上がりつつあり、「形だけでも意見を求めたことにしておこう」という程度の話だろう、と、勘繰りたくもなる。

パブリックという形容詞は、コメントだけでなく、サーヴァントにも付くのだが。
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