あと2ヶ月と3週間

冬休みが待ち遠しい今日この頃。

まだ7、8割の忙しさの筈なのに、そばにパトラッシュがいたら間髪入れず添い寝してしまいたいくらい疲れました。さしあたり、今月は4週目に大きくて不愉快なヤマ場があり、そこまではじっと辛抱の日々になりそうです。

今週は、日曜日に作った渋皮煮を楽しみに乗り切りました。週末はひたすら体力回復に努め、来週に備えましょう。

生栗を1キロ弱と三温糖1キロを買ってきました。重曹はその辺の棚に入っているはず。
毎年作っていると、「渋皮を傷つけずに鬼皮だけ剥く」という最初のステップも上手になります。乱暴にはできないから、全部剥き終わるまで1時間以上はかかりますが。このあとは、火加減に注意しながらじっくり煮ていきます。
ほとんどブロークンにならず、綺麗に煮上がりました。ブロークンは潰してホイップした生クリームと合わせる予定なので、少々崩れても気にしないんだけど、やはり綺麗に仕上がると良い気分です。

料理で楽しんだら、次はオーディオで遊びたいけど、まずは原稿の締切りと格闘・・・(T_T)

利光三津夫先生の想い出

律令学の大家にして古銭鑑定の第一人者としても活躍された利光三津夫先生が亡くなられた。私が大学院に進もうと決めたとき、法制史学者としての心得を示してくださった大恩人であり、大師匠とお呼び申し上げてきた方である。

先生の学問については、やがて法学研究や法制史研究に、学会の大先輩方の手になる追悼記事が発表されるだろうから、文字通り末弟である私がここで書き散らすことはしない。が、先生が定年で義塾を去られる間際まで、お側近くでその謦咳に接する幸運を得た私が先生から直に頂戴したお言葉、忘れられない想い出を1つだけ書いておこうと思う。

私が前任大に赴任して何年か後の学会でのことだった。前任大学は、まぁ[自主規制]なところで、思うように勉強も進まず、調べ物をしに東京に出るのも意の如くならないという閉塞状況の中、最初のやる気も次第に失せ、一縷の光明を求めて学会に足を運び、何も得られずに陰鬱な職場に戻る、そんなことが何度か続いた。

そんなあるとき、学会会場の休憩室で、短時間だが先生とお話しさせていただくことができた。私の状況を完全に理解してくださっている先生は、「人間いたるところ青山あるなんて思うな」と仰った。先生一流のデカダンで、有名な格言をひっくり返し、萎れている私に活を入れてくださったのだ。

私が曲がりなりにも法制史を専攻する研究者として今あるのは、多くの方々のご厚情のおかげだが、この学問を続けてこられたのは、利光先生のあのお言葉があったからだと思っている。元より浅学非才の身ではあるが、いつの日か、先生の学恩に報いることができるまで、この学問を続けていこう。

合掌

韜晦としてのマイブーム

先週半ば、ふと思い立って立川の某研究機関に行ったら旧館で○| ̄|_、やむなく一駅中央線に乗り、一橋の図書館で待望の史料と対面しました。中央線沿線に二ヶ所、しかも最寄り駅がすぐ隣という立地の機関にその史料は所蔵されていたために、朝から特急を使っての移動が無駄にならずにすみました。一橋ではコピーも許可になり、必要な箇所をコピーして持ち帰り、じっくり検討することが出来ました。そう、これで良かったのです。北海道には行けなかったけど・・・・(ToT)。

その日は地下鉄の遅れにもめげず、国立から竹橋に進出し(別に近衛師団にどうこうといっているわけではなく)、公文書館で追加の史料をゲット。最後に三田に廻って若干の用事を済ませ、楽しいデパ地下も秋葉も無視して甲府に戻りました。どうやら後期の勤労意欲を使い切ったようです。



『官僚たちの夏』にはまっている。惰性で大河を見た後、背筋を伸ばして官僚たち・・・、というパターンがすっかり確立した。城山作品に描かれる男たちの、凄すぎる生き様に惹かれるのだ。司馬の描く英傑たちよりも、城山の世界の政治家、官僚、経済人の方がより人間らしく、より凄味のある生き方をしたようにさえ感じる。美化しすぎという批判は当然にあるが、これはドラマなのだから、読ませる工夫があってしかるべきであり、それぞれの「道」なり「生き様」なりを貫く一徹さをデフォルメするのも、存分に「あり」だと思う。

今日の放送分で、主人公の風越(モデルは元通産次官の佐橋滋)が、国会の委員会審議で答弁に立ち、社会党と覚しき野党議員を怒鳴りつけるシーンに、溜飲の下がる思いがした。このドラマでは、55年体制確立から、怒濤の勢いで進む戦後日本の復興・発展のために命を削った官僚、政治家たちが英雄であり、汗をかかない、苦悩しないものは大部屋の切られ役でしかない。発展とそれに伴う歪みとは単純な二択で処理できない。視聴者が画面を通じて疑似体験する苦しさ、閉塞感は、熱血官僚と口先だけの議員というわかりやすい勧善懲悪を並べることで更に際だち、またガス抜きされる。

かつて官僚は、これほど熱かった。その官僚の知恵と力を極限まで引き出し、復興後の新生日本を描き出す政治家も熱かった。そう思わせるドラマである。翻って、いま官僚は熱くないのか。不祥事、私曲ばかりが喧伝されるが、国のために命を削るような熱い官僚が絶えてしまったとは思えない。駄目な政治家は新聞を見ればいくらでも上げられる。だが、優秀な官僚を超える知力と胆力の備わった政治家がいなければ、幾度与党が変わっても、国は良くならない。

55年体制が崩壊し、官僚批判を看板にした政権が発足する時、このドラマの問いかける意味は自ずから重い。

緊急メンテナンスのお知らせ

しばらく見えなくなるかも

って、ここに書いてどうする(@^_^)ゞ

これは喜ぶべきことなのだ

後期の講義開始が2週間とちょっと先まで迫り、微妙に落ち着かない毎日です。この秋は、多分、未体験のお仕事シーズンで、自分の本来の勉強は、いつか発表できるレベルに達することを信じてひたすら準備するのが精一杯、と覚悟していました。ところが夏から始まった共同研究に手を染めてみると、やはり好きな時代の好きなテーマを勉強するのは楽しく、「研究室では『仕事』、『勉強』は自宅」という方針を無視し、研究室でもついつい、手に入れたばかりの史料を読み込んでいます(要するに締切りがあろうがなんだろうが「仕事」はしてない、の意)。

ところで、一門の学風というか、「史料のないこととは書けない」という大方針があり、ほんの数文字を書き足すためにも、原史料探しは欠かせません。非常に辛い作業ですが、見つかった時の充実感は何物にも代え難く、目録を繰っていく日々が続きます。そう、扱う時代が古いので、どうしても手で目録を繰り、所蔵機関に足を運んで史料と対面するというアナログ(アナクロ?)な手法は健在です。ですが、一方でデジタル技術が長足の進歩を遂げ、ユビキダス社会の片鱗が見える昨今では、法制史のような学問でも、ネット経由で検索しデジタル化された画像データを端末から取り出す、といった今様な手法も有効になりつつあります。

新旧どちらも、研究職なら使えなければならない手法で、先日も、ある史料を探してネットを彷徨い、所蔵機関の当たりを付けてから勤務先図書館のリファレンスに相談を持って行きました。成果を文章にまとめる場合、最大で1行加わるかどうか、という程度の事柄を確認するため、ある史料を閲覧したいのです。私が見つけた所蔵機関は北海道大学。

「これは後期が始まる前、かつ出張旅費が枯渇する前に飛んでしまおう。閲覧は10分もあれば終わるから、あとは楽しく観光だ\(^o^)/」

という企みを秘めたまま調査を頼んだのが金曜日。で、今日早速答えが。

「貴重書だから借用は無理でしたが、ここから一番近いところだと、中央線で1時間弱のところにありました。行くとすぐに見られるそうですよ(^_^) 」

うちのライブラリアンが優秀すぎるということを忘れていました。_| ̄|○
『風のガーデン』の風景を見たかったなぁ・・・

往復(と観光)で数日使うつもりが空いてしまったので、大人しく「仕事」します。

名文には違いないが

いつの日か、弔辞ででも良いから「達意の文章家」なんて言われてみたい。普段から悪文しか書かない(書けない)腐儒でも、文化系を専攻する以上は美しい文章、「名文」に憧れる。何をもって「名文」と定義するか、簡単ではないが、形式、内容、更に語調の美しい文章は、名文と呼んでも良いような気がする。が、これを書こうと思うと、とてつもなく難しい。

毎朝欠かさずに読んでいる新聞。時勢の如からしむるところか、汚い文章が増え続けているように感じるが、やはり当世の文章家が集まるのもやはり新聞だ。地方の小さな新聞社にも「主」のような文章家がいて、キラリと光る文章が紙面を引き締めていたりすると、心嬉しくなるし、赤を入れたくなるような迷文を載せて恥じない大新聞もある。

閑話休題。今朝の読売の一面、「編輯手帳」は、やはり良い文章だった。先代の失火で居町の人々に迷惑を掛けたと、大戸を半開きにして謹慎の意を表し続けた味噌屋さんの話が冒頭にくる。筆が熱を帯び、社保庁、そして農水のデタラメをちくりと刺し、農水幹部の駆け込み天下りを非難する。

幅広い知識に裏打ちされ、ごく僅かな字数で存分に意のあるところを伝えるのだから、立派に名文だ。だがここで筆が滑った。
味噌屋さんを見習えとは言わないが、謹慎の心はどこへやら、民主党政権が発足する前に駆け込みで天下りとは、もらい火で焼け落ちた自民党もなめられたものである
これはいただけない。自民も、出番直前の民主も、ここまでなめられたら、覚悟を決めるのが当然だ。だが「もらい火」とは何事か。恥を知らない官僚の愚行を「火事場泥棒」とでも言うならまだわかるが、もらい火では、自民に責任なきがごとしではないか。

確かに55年体制にとどめを刺したのは、公僕という言葉を知らない一部の不心得者であるし、それを火事で表現するのも理解できる。だが、一部の「店子」が危機意識のかけらもなく火遊びをしていることを「大家」が知らなかったとはいえまい。そしてそんな店子の手の届くところに、大好物の強燃性燃料を起き続けたのは大家なのだから、失火の責任は大家にもある。断じてもらい火などではない。

家作のすべてを失った自民大家の末路や如何に。ここで自身の失火という厳粛な事実を見つめ、しっかり反省しないと、もらい火で焼け出され呻吟している国民は許してくれない。自民の家作がなくなったから、心太式に大家になる民主も、火の元には今以上に細心の注意がいる。熾火が燃え上がるのは簡単だからいちいち消して回りたいかもしれないが、消してはいけない火にまで水を浴びせてしまっては、明日の煮炊きにも困ることになろう。飯も炊けない長屋になぞ、誰が住むものか。

おつとめ終わり

夕方前に会津に帰り着きました。新幹線に乗って上野を過ぎたあたりで意識がなくなり、気づいたら大宮でした。その次に気づいたときには宇都宮で、とても疲れていたことを実感した次第。

昨日は予定通りのタイムテーブルで仕事が進み、夜はそろそろ好例になりつつある打ち上げに出席しました。今年も面倒なよしなしごとを一切段取りして下さった「大幹部」のSさん、Hさん、それに新たに幹部に「志願」して下さったHさんのご尽力で、多くの皆さんにご参加をいただき、最後まで話題の途切れることのない楽しい会になりました。また来年も、お目にかかりたいものです(もちろんその前に、何か企んでみようとは思いますが)。

会津は随分涼しくなっており、猫たちがくっついてきます。ただ、私の上京直後、末っ子のよもぎが事故で…。母親が落ち込んでしまい、不自然なくらいよもぎの話題を避けようとしているのが痛ましい限りです。どれほど多頭飼いしようと、どの猫もみな「一分の一」の重さの同居猫ですから、母の落胆も当然ですが、今いる5匹の年齢を考えると、先々新たな不安も感じます。

明日からもうしばらく、会津で母親と猫たちを視界のどこかに留めつつ、三田でかき集めた史料をどう料理するか検討してみます。もしかすると、素材の熟成を待たずにラフを書き始める可能性も。手法の違いでどの程度、完成度に差が出るのか、まるで他人事ですが興味があります。そもそも完成に至るのかどうか、という根本的な問題については、とりあえずその存在を認識しないという立場で。(^^;)ゞ

いきなりの秋風

この時期から秋の始めくらいにかけては、ご奉公の影響か、私の名前でググってこのページにお出でになる方が顕著に増えます。普段は真空管ネタが8割、「海ゆかば」が2割程度で、自分がどういう人間なのか、時々不安になります(笑)。このキーワードから想像できる人物像……「環境負荷のキツい」「右翼」。

どう考えてもモテないな、こりゃorz。


「午前と午後で2科目担当」という、歳を考えるまでもなく無謀なご奉公の4年めだった去年の今ごろは、「あぁ、これがポリープというものか」と思えるような喉の痛みが始まっていました。痛みが完全に引いたのは暮れの12月。痛いのはイヤだと、夏の担当を減らしていただき、今年は午前のみという従来のパターンに。午後が空いたため、昨年までは夢のまた夢だった「昼食」もしっかり食べられ、眠気を振り払うように図書館を渡り歩くと、思いのほか勉強も進みました。

かつて、手で目録をめくり、頭痛を堪えてコマを送ったマイクロ史料のいくつかは、データベース化され、キーワードを入れるだけで欲しい記事がモニターに表示されるようになっていました。ごく最近の文字史料なら当然ですが、明治初期の史料が電子化されつつあるのには驚きです。キーワードの付け方には多少の難があるようですが、輝度のムラがひどいリーダーで、マイクロをひとコマずつ、希望の情報に行き当たるまで読み進めたことを思えば、こんな楽な作業はありません。

もちろん、歩き回り、埃まみれになって、ようやく情報に辿りつくという古典的な手法も健在、というより、こうしたアナログな手法を知らないと、データベースの穴を埋められず、史料探しが完結しないだろうと感じました。『薔薇の名前』に出てきそうな入り組んだ階段の先にある、人気のない書庫の隅で、100年前の事件を伝える掠れた印刷を見つけると、不思議な高揚感に捕われるものです。

この一週間で、ある男の「転落」を追いかけ、かなりのことが分かりました。足りない情報は、どこに問い合わせるか、見込みが立ちました。毎日これにかかりきりで、秋葉にも、博物館にも、好みのフレンチにも行けませんでしたが、大変に満足しています。

今日、早めに帰ろうかと思ったら、夏の終わりを告げる激しい夕立が。もう一度図書館に戻り、集めた史料のコピーを読み返し、改めて外に出たら、すっかり涼しくなっていました。

明日で今年のご奉公も終わり。試験に臨まれる皆さん、どうぞ、存分に実力を発揮して下さい。

今年もご奉公

月の始めに会津に帰り、母親と猫の様子を視界に納めつつ、伝統行事をこなしていたら、もう盆を過ぎてしまいました。二日ほど前から、会津では明け方の最低気温が20℃を切るようになり、寝ていると「なな」と「よもぎ」がくっついてきます。夜更け頃、足の上あたりにバタッと倒れ込んでくるので、例外なく目が覚めてしまいますが、手を伸ばして探ってみると、よもぎが私に寄りかかって仰向けに寝ています。朝までそのまま寝かせておくことは、言うまでもありません。

今年も、年に七日のご奉公のため、今日、常宿に入りました。例年と違うことは、師匠と仕事の打合わせのため今日既に出校したことと、講義を午前のみにしたことです。身体の空く午後は秋葉に行こうか、博物館を歩こうか、はたまたこじゃれた料理をもとめて右左、と楽しい夏の午後を夢想していたのですが・・・、師匠関係の仕事ですorz

そもそもあちこち工事で様変わりしたキャンパスに慣れるのが大変そう・・・。もはや、打ち上げだけが楽しみです>幹部各位

前期の業務終了のお知らせ

\(^o^)/オワタ〜。

って、訳わかんないAAを書きたくなるくらい疲れました。
でも秋からはコマが倍になって、役職に付随する業務が二次関数的に増加して、結果、血管が切れまくりそうな予感がかなりの現実味を帯びて迫ってきます。

CDや楽譜のコレクション、ハンダ付けの技、最近覚えた回路設計の技法など、韜晦できるネタは事欠かないのですが、韜晦していられるだけの時間的余裕が残されているかどうか・・・。

今週いっぱいで各種残務をやっつけ、月曜の午後、三田で会合に参加してから会津に帰ります。


昨日、google先生に表示された「謎のリンク」。ふと気になって、軽く実験してみたところ、民主党だけでなく、自民党、公明党、国民新党、共産党でググっても、スポンサーリンクにとある政党のサイトが表示される。昨日の記述は、私の認識不足だった。この政党は、表示期間と当該URLのクリック回数で代金が発生する広告をgoogleに出して、既存政党を検索しようとするユーザーが、何かの弾みで自党のサイトにアクセスすることを期待しているようだ。いじましい。

ただ、社民党でググってもスポンサーリンクが出てこなかった時には、ちょっと笑ってしまった。費用対効果を考えるまでもない、妥当な判断だと思う。

この話題、もしかして有名なのだろうか。今頃気づいた私って、完全な情弱?。朝刊すら落ち着いて読めないほど忙しかったで・・・。
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