著名事件に関する雑感

ちょっと古い記事だが、「山口県母子殺害事件上告審弁論」で二度、激しいバッシングを受けている安田弁護士のコメントが、東京新聞に掲載されている。

私も、およそ一般的な感覚なのか、安田弁護士の行動には賛同できかねる。だがこの記事を読むと、氏は大変に職務に忠実な人物であるとの印象を受ける。だからといって、氏の行動への否定的な感想を変えるには至らないが。

準備期間が足りないという理由で、最初の期日に出頭しなかったことが、今回のバッシングの発端だが、そもそも安田弁護士は、弁論期日が決定した後に受任したのではないか。いかに膨大な記録を精読しなければならないからといって、期限が迫っているときに受任した責任は重い。それを不出頭という手法で、法廷の権威を損ね、裁判システムに対する国民の信頼を揺らがせた責任は重い。勿論、弁論が開かれる、つまり原審の無期が見直される可能性が出てきて辞任した弁護士の責任も同様である。

そして安田弁護士は、
二月下旬、初めて被告人と接見した。被告の話が事件記録と違い、驚いて弁護人を引き受けた。さらに自白調書と死体所見の食い違いを見つけ、被告の殺意に疑問を抱いた
といい、自身の見解を、二度目の期日後に会見で披露した。過去、死刑事件を無期に減軽することに成功した有能な弁護士とはいえ、こんなことがあるのだろうか、という素朴な疑問を禁じ得ない。まるで『霧の旗』ではないか。最高裁の弁論までに関わった捜査関係者、法曹のだれも気がつかなかった真実が存在するというのだろうか。資料を見る立場にない私には根拠を示すことはできないし、そもそも論評する立場にはないのだが、「疑問だ」とはいえる。この点については、「破棄自判を避けるために未だ審理の行われていない主張を提示した」という味方が正しいような気がする。

安田弁護士は言う。
「復讐(ふくしゅう)したいという遺族の気持ちは分かる。だが、復讐が社会の安全を維持しないという視点から近代刑事裁判は出発した。もし、復讐という考えを認めれば殺し合いしか残らない」
ならばどうすれば、「復讐という殺し合い」を避けることができるとお考えなのだろう。

日本で復讐が禁止されるのは明治6年2月、太政官第32号布告による。止まるところを知らない開化の嵐の中で、近代的刑事警察権を独占する必要に迫られた政府の決定だが、この布告を求める「伺」の中で、司法省は、
法明ラカニ律厳ニシテ人々畏避スル所ヲ知リ罪科ヲ犯スモノ少ク若シ人ヲ殺スノ兇悪アラハ必ス之ヲ逮捕シ之ヲ誅殺シ其罪ヲ逃ル丶ヲ得ス天下ノ者ヲシテ仇ノ報ス可キ無キニ至ラシムルハ司法ノ主務トスルトコロニ有之候
と述べている。個人の復讐権(かつて美徳、義務とされた現実を踏まえ、あえて「権」といおう)を国家が代位することの宣言とも読める。

この布告から130年以上を閲し、時代は変わり、死刑となるべき犯罪の基準もまた変わった。それはいい。だが、個人の復讐が起こらないよう、犯罪者を処罰する国家の義務は変わっていない。もし国家が、この義務を怠っていると思われる状況が現れたら、国民は、国家刑罰権を信頼しなくなるかもしれない。前近代の、自力救済容認社会さながらの個人的行動を掣肘する何物もなくなるのではないか。

では、何をもって復讐を抑止するのか。復讐を単なる犯罪として処罰する現行刑法はいうに及ばない。本当に必要なのは、復讐を考えるものへの強権的制約ではなく、納得、得心させることではないだろうか。第一義的に遺族が、次いで社会が納得するような、意を尽くした説明が必要ではないだろうか。

今回の事件では、遺族が厳罰を強く求めるさまや、加害者の不謹慎な手紙が報道され、より一層社会の注目を集める結果となった。ために、極刑を求める声も強いと聞く。だから最高裁の判断には、どのような結論であれ、社会の大層が納得できる理由が示されなければならないと考える。納得がなければ、安田弁護士が危惧する「殺し合い」(江戸時代から復讐者への復讐は禁止されているから「殺し合い」にはならないが)という最悪の事態を招来するだけである。その納得とは、単に量刑だけではなく、裁判の全過程、加害者の反省の度合、あらゆる要素から導かれるものであると確信する。

判決文のイタズラ

YahooNEWSの記事で読んだのだが、スラッシュドットでも紹介されたので。
 
報道によると、イギリス高等法院で「ダ・ヴィンチ・コード」の著作権をめぐる裁判があり、原告の訴えが退けられたが、事件を担当したピーター・スミス判事が判決文の中に不規則な斜体字を使った独自の暗号を埋めこんだ。
 

スミス裁判官は28日、「暗号は判決内容とは無関係で、楽しみのために作った」との談話を発表。解読すると、裁判官が尊敬する英海軍の英雄ジョン・フィッシャー提督に関する文言が出てくるという。

 
更に時事通信の記事では、原作に出て来る数列を使って解読した結果が報じられている。
 

「スミスの暗号…ジャッキー・フィッシャー(提督の呼び名)、あなたは誰。ドレッドノート」となり、スミス裁判官もこれが正解だと認めた。

 

フィッシャー提督は、19世紀末から20世紀初頭の英国海軍の大物。今風に言えば「リストラ」を断行し、英国海軍の近代化を強力に推し進めた人物で、彼の功績とされる新型戦艦の名前が「ドレッド・ノート」。日本では超弩級という言葉で知られるが、この言葉は、ドレッド・ノートを超える大きさという意味で、建造当時は文字どおり世界最大の戦艦であり、各国の軍事力増強に拍車をかけ、ひいては一次大戦の遠因ともなった。
 
ダ・ヴィンチ・コード関係の裁判で、物語さながらの暗合を仕込み、裁判とは全く無関係の言葉を浮かび上がらせるとは。実に恐れ入ったイタズラである。暗号を解いたのはプレスのようだが、法律家も躍起になって解読に挑戦したらしい。
 
こんな、ある意味愉快なイタズラが発覚した経緯を知りたいが、残念ながら報道を見つけられない。それにしても、もしも日本で同じようなことをしたら、その裁判官は絶対に再任されないだろうな。下手したら弾劾されるかも。

三田に行ってきた

22、23の両日、法制史学会の総会が、母校の三田キャンパスで開かれた。久しぶりの三田を楽しむ余裕は勿論なかったが、恩師、先輩方と久し振りにお目にかかり、同業の方々と専門の話をするのは実に楽しい。地方の大学に出ると、この点が一番足りないのだ。

わずかな時間の合間に生協の書籍部に行き、いつも通り一つかみほど本を買う。近くに専門書を多数揃えた書店がないのは、本当に辛いことだと思う。返す刀で、院生時代、何度となく通った蕎麦屋へ。ここは、慶應法制史の祖、手塚豊先生がご贔屓にしていらっしゃった店。かつて「三田の三美人」のひとりに数えられたという看板おばあちゃんはお留守だったが、静かな店内で昔と変わらぬ蕎麦つゆを味わう。

初日の研究報告は、法科大学院教育における法制史の役割を念頭に置いたもので、各報告者の苦慮の跡が滲むものばかり。聞いていて切なくなる。

報告が終り、会場を出ようとすると、どうも大学には似つかわしくない背格好の集団が、ぞろぞろと校舎から出て行く。地味、派手様々だか、どう見てもおじさん、おばさんの一群。こりゃ何の集まりだろう、と、その群れから少し離れて歩き出して、はたと気づいた。学会と同じ日、同じ三田で、卒業20年の同窓会が開かれるという葉書が、私の自宅にも届いていた。この一群のおじさんおばさんは、全員私と同期の三田会会員なのだ。同期の仲間たちのおじさんおばさんぶりに我が身を重ね合わせ、悄然と三田を後にした。
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広がるWinny禍

各地の官公庁から、場合によっては『秘』に属するようなデータの流出が続いている。その殆どが、国産のファイル交換ソフトWinnyに、Antinnyというウィルスが感染したことが原因と考えられている。官公庁のデータだけに流出すれば騒動になるが、全くの個人のパソコンから、メールやデジカメ写真が流れ出しても、流出元を特定できないから放置されるだけで、現実にこのAntinnyの被害がどの程度なのか、想像もつかない。

この現状にはいくつかの問題がある。第一にあげるべきは、情報セキュリティに関する意識の低さであろう。ごく最近、新聞沙汰になった海上自衛隊の下士官は、セキュリティソフトを入れ、パターンファイルの更新もしているから大丈夫だと思っていた、と語っているらしい。確かにセキュリティソフトを入れ、ウィルスパターンファイルを常に最新にしていれば、ウィルスに感染する可能性は下がる。だが、セキュリティソフトを入れる前に感染していたらどうするか。OSのブートアップと、セキュリティソフト起動とのタイムラグは。考え出したらキリがないくらい、ネットに繋がったコンピューターには危険がつきまとう。

官公庁のネット環境も、あまり誉められたものではない。陸海空三自衛隊全体で、数万台の私物のコンピューターが使われているという。財務省が「戦争ではパソコンは使わないでしょう」といって、コンピューター購入予算を付けてくれないから、止むなく私物を持ち込んで仕事をしているのだそうだ。警察や行刑施設も五十歩百歩といったところか。本当に重要なデータは、インターネットに繋がっているコンピューターに入れてはいけない。専用のクローズドネットワークだけで運用するのが常道だ。でも、データをUSBメモリあたりに入れて自宅に持ち帰り、インターネットに繋がり、かつファイル交換ソフトを利用しているパソコンで仕事をするとなると、セキュリティはゼロと言わなければならない。理屈にならない理屈を並べる財務省への意趣返しは、霞ヶ関に敵軍が迫った時、財務省の建物に敵を誘導して殲滅戦を仕掛けることを夢想するくらいにして、いまは、情報に関わるすべての公務員の意識を高め、インフラの貧弱さを補うしかなかろう。

更に不幸な問題がある。Winnyというファイル交換ソフトの作者が、著作権法違反の幇助犯として起訴され、公判中なのである。この裁判、というか、逮捕、起訴には非常に無理があるような気がするが、ともかく公判中の被告人、作者は、Winnyの脆弱性を知っていても、修正版をリリースすることができない。だから、ウィルスに感染するや、HDD上のファイルを無作為にアップしまくるという、非常に危険な動作をするバージョンが使い続けられているのである。

ファイル交換ソフトに用いられるP2Pという技術は、ネットの発展拡大に伴い必然的に現われたといってもいい。中央サーバーにデータを蓄積し、データを欲する者がそのサーバーにアクセスするという形式は、当該サーバーに過剰な負荷がかかっただけで崩壊する。分散型ネットワークというARPANETの理念とは程遠い、一世代以上前の形式なのだ。P2Pは、ネット上の任意の2点以上が結びついてデータのやり取りが発生する。同じデータを持つ「点」が多数存在すれば、当然効率良くデータの取得が可能となる。

Winnyは、このP2P技術を実用化したいくつかのソフトの一つであり、匿名性を併せ持った優れたソフトであった。しかし、匿名性の陰で交換されるデータの殆どが、交換当事者とは違う誰かの著作物だったという現実があった。ソフトが悪いのではない。(誰かに著作権侵害行為をさせる意図をもってソフトを開発したのでなければ)作者が悪いはずもない。不正に著作物の交換を行っていたユーザーが悪い、つまり正犯なのだが、Winnyではその匿名性故に、行為者を特定できない。だから作者だけが、幇助犯として法廷に立たされている。

Winny禍の拡大を防ぐ手法として、ネットインフラの整備拡張、リテラシー教育の徹底、平和ボケを改め情報を扱う人間の危機意識を保つ、などなど、考えられることがいくらもある。だか何より大切なことは、他人の著作物(の電子的複製)を「交換」するなどという不埒な考えを捨てること。実社会でダメなことは、仮想現実でもダメなのだ。

(2月16日、Winny裁判の弁護側証人として、慶應藤沢の村井純教授が証言している。興味のある方はこの記事を参照されたい。)

横浜事件

横浜事件とはなんであったか。これを正確に定義することは、神ならぬ身には不可能であるが、非才を省みず極言するならば、「治安維持法に触れる些細な思想事犯を端緒とし、時局の悪化に強い焦りを抱いた特高警察が、自身の背後にある、より強い国家権力への恐怖から産み出した巨大な妄想」とでも言うべきものである。犯罪となる事実は皆無であるが、捜査、取調、拷問、公判は「事実」をもとに進められ、陰惨で無責任な結果のみを歴史に残した。


事件は、昭和17年9月、経済学者川田寿と妻定子が神奈川県特高警察に逮捕されたことに始まる。川田夫妻は戦前、アメリカに滞在しており、その頃の左翼的活動や、帰国の才に持ち込んだ文献が逮捕の口実となった、といわれている。この時点では、敵国アメリカに協力するスパイの摘発という色彩の方が強かったのかもしれない。


同じ頃、やはり経済学者の細川嘉六が、雑誌『改造』に発表した論文がもとで逮捕された。しかしこれも、単なる筆禍事件に終わるかと思われた。


ところが、関係者の取調を進めるうち、特高警察内部では、関係者の属するいくつかの思想性を持った組織を結びつけて「共産党再建」という壮大なストーリーが幕を開けてしまった。そのきっかけとされたのが、俗にいう「泊会談」の参加者7名を写した一枚のモノクロ写真である。細川の著書出版記念の宴会で撮られた写真に、川田の関係から捜査の手が伸びていた人物が写っていた。これ以降、細川を軸とするストーリー、あるいは「妄想」が、猛烈な勢いで膨張していくのである。被疑者49名、うち3名が獄死している。


事件の司法的処理は、敗色濃厚となった昭和20年の春以降に開始された。(思想)検事も予審判事も、暴力こそ用いなかったものの、警察での調書を確認することのみに意を用いていた、とされる。ところが、8月15日を過ぎると一変し、予審判事が拘置所に赴き、暗に執行猶予を匂わせて、事件の早期収拾を図るようになった。既に有罪となった者のほか、在監中の被疑者は長期にわたる拘禁の疲れから、弁護士の示唆に従い、いい加減としか表現できない手続に乗って執行猶予付き有罪判決を受けていった。8月下旬から9月初旬にかけてのことである。ただ一人、細川のみは予審判事の申し出を拒み、治安維持法廃止後の10月15日、免訴の判決を受けた。有罪となった元被告人らには、10月17日公布の大赦令が適用された。


この事件の最大の特長のひとつに、特高の苛烈な拷問が明らかにされたことがある。元被疑者、被告人が、特高警察官を特別公務員暴行陵虐罪で告訴したのである。告訴は軒並み、証拠不十分で取り上げられることはなかったが、一人の元被告人について、物証、人証が得られ、元特高係長以下3名が公判に附され、最高裁で懲役1年6月から1年の実刑が確定した。*1


昨日、元被告人5名に対する再審判決が出た。免訴であった。裁判官は、実質審理の上で無罪判決を求める関係者の声に対し、公訴権消滅事由がなければ(再審開始を認めた)抗告審の決定に添う判決となること、免訴でも元被告人らの名誉回復が可能であることを述べている。


無罪を求めた関係者は無念であろう。「杓子定規である」との批判も頷ける。が、現行刑訴も旧刑訴も、刑の廃止と大赦は免訴事由であって、これを覆す理論を見いだすことは困難である。ポツダム宣言受諾後、早晩廃止されるであろう治安維持法を適用して裁判を急いだことへの評価は、国家賠償を求める過程の中で問い得るものと考える。


  • *1 : 我妻栄他編『日本政治裁判史録 昭和・後』参照

まだこんなクズが存在している

本学の女性事務員さん(仮にAさんとしておこう)から携帯に電話が入った。彼女の自宅に不信な葉書が届いた、というのだ。とりあえず、最初の方を読み上げてもらい、即座に「架空請求です」と答えた。一通り音読してもらった後、彼女には「無視して下さい」と伝えた。これが12日の夜のこと。



今日、学校で、件の葉書を受け取った。ツッコミどころ満載で、どう考えても頭の悪いクズ共の仕業としか見えない。現物はコレ。
ハガキ

まず最初に、差出人の「法務局認定法人 民事訴訟通達管理機構」という名称でググってみた。すると出るわ出るわ。都道府県の消費者センターや警察、そして法務省まで、架空請求業者としてリストアップしている悪名高い連中である。ただ、この「民事訴訟通達管理機構」という名称は、比較的最近使われ始めたようだ。

さて、葉書の内容だが、


民事訴訟最終通告書
 訴訟の通告ってなんだろう。
 
訴訟番号
  多分、事件番号のつもりだな。

平成17(ル)第6051号
 「年」が抜けているのは、馬鹿だからか、それとも葉書の横幅に収まらないから消したのか。符号(ル)は財産権に対する強制執行事件か。すると債務名義は?。訴訟法と執行法の区別は、まぁクズ共には無理だろう。

消費料金
 知ってる漢字を無駄に並べるのは止めたほうがよいと思う。

契約会社、運営会社から民事訴訟として、訴状の提出をされました事を
 法律の用語は難しいといわれているが、所詮は日本語。せめて「訴状の」ではなく「訴状が」としてほしいものだ。

裁判手続きを開始させて頂きます。
 どうぞ。御随意に。

このままご連絡なき場合には原告側の主張が全面的に受理承諾され
 正式な訴状が送達され、裁判所が定める期日までに答弁書を提出しない場合には自白と看做されるが、そんなことは詐欺集団のクズ共の知ったことじゃなかろう。

執行証書
 債務名義の種類を知っているなら、事件番号の符号も確信犯かな。

給料差し押さえ
 本学の給料ではちょっと無理じゃ(あわわわわ・・・・)。

履行させていただきます
 履行というのは、債務者が債務内容の給付を行うこと。クズ共よ、お前たちは債権者のつもりなんだろ?

受け賜って
 × → 承って

プライバシー保護の為
 親書にあたらない葉書を送りつけておいて戯けたことをぬかすな。

最終通告とさせて頂きます
 ぜひそうしてもらいたい。馬鹿がうつりそうで嫌だ。

最終期日 平成18年1月13日
 送りつけられた相手方を慌てさせるための常套手段。
 
法務局認定法人 民事訴訟通達管理機構
 法務大臣が許可した債権回収会社なら存在する。貴様らは、全国的に詐欺組織と認定されている。

0120-049-688
 フリーダイヤルは、初期費用1,000円、月額基本料1,000円で使えるそうな。NTTもこんな形で悪用されるとは思わなかっただろう。国際電話でこれが繋がったら、非常に愉快なことになるのだが。

東京都千代田区鍛冶町1-4-16
 神田駅近くのガード沿いかな。



昨日の電話でAさんは「法律に詳しくないと、やっぱりびっくりしますよね」と語っていた。ひところ、世間を騒がせた「振り込め詐欺」等があまり報道されなくなったと思っていたが、馬鹿なクズ共は浜の真砂と同様、尽きることがないらしい。こういった架空請求は、そもそも全く根拠のない不正不当なものだから、「完全に無視」するのが唯一の対応である*1。もし電話などすると*2、今度は電話で脅迫的な取り立てが繰り返され、不愉快を重ねることになる。以前に出まわっていたこの手の葉書やメールには、振込先として個人名義の口座が記載されることが多かったが、高い金を出して買った仮名口座もすぐに潰されるから、振込先を指定せず、電話をかけさせて番号をつり上げる手口に変わったようだ。

さて、このクズ共の罪責だが、葉書を無視したことで何等損害が発生していないため、詐欺の未遂ということにしかならない。でも、最寄りの警察に届けておくのが良いだろう。


この手の詐欺に関する情報を収集、公開して被害防止に努めている「夢なら」というサイトが大変参考になるので、興味のある方は覗いてみてほしい。

  • *1 : 簡易裁判所の支払督促を利用する手口だけは例外。きちんと対応しないと手続が長引き、面倒なことになる。対応といっても相手は詐欺の実行犯だから、法廷に出てくることはないので、一日でかたが付く。
  • *2 : 番号非通知や公衆電話からは繋がらないことが多い。

敵国からの荷物

周南のマツノ書店から楽しみにしていた荷物が届いた。中身は、的野半介『江藤南白 上・下』他。マツノ書店は古書店だが、維新期史料の復刻に力を入れていて、今日では入手が困難な貴重史料を多数、世に送っている。土地柄、西軍関係の文献が圧倒的だが、『旧幕府』や『会津戊辰戦史』など、幕軍関係のものも含まれており、幕末維新に興味のある研究者なら、一度はお世話になったことがあるのではなかろうか。

今回復刻された『江藤南白』は、いうまでもなく、我が国司法制度の近代化を強力に推し進めた初代司法卿江藤新平の伝記である。江藤に関しては、毛利敏彦氏の一連の業績があり、特に『江藤新平』(中公新書)などは、容易に入手でき、かつ充実した内容を持った、江藤研究の定番でといえるものであるが、的野の『南白』は、極めて江藤寄りのスタンスで書かれているという点を考慮しなければならないとしても、江藤の事績を考える上では絶対に触れねばならない基本書である。

院生のころから、何度となく図書館から借り出したこの文献を入手したいと思い続けていたのだが、古書店の目録で目にすることも希で、今日まで書架に並べることがかなわなかった。その文献が復刻された。扱いに細心の注意を要する古書ではなく、箱入りの新本として入手できたのだ。

通常なら、必要な部分だけを抜き読みする類の文献だが、これだけは全巻を通読しようかと企んでいる。

ある差戻審判決

地元の地方紙の求めに応じ、ある刑事事件の判決についてのコメントを述べた。昨年秋に出た最高裁判決に続いて、本件に関して2度目のコメントとなったわけだが、徹頭徹尾、不自然さの拭えない事件であった。

銀行(元)頭取が、信用保証協会役員に免責決定を撤回するよう求め、その結果代位弁済が成された。検察は、協会役員と頭取を信用保証協会に対する背任の共同正犯として起訴し、役員は一審の有罪判決を受け入れ、頭取は最高裁まで争い、破棄差戻を勝ち取った。その差戻控訴審の判決が、今日言い渡された。

大方の予想通り元頭取は無罪だったが、判決は、最高裁が疑義を示した協会役員の免責撤回、代位弁済を、明確に背任と指摘している。一般に背任の立件は難しいとされるが、高裁は背任行為の存在を認めた。が、協会役員らが背任行為を行うきっかけとなった元頭取の行為については、頭取としての正当な行為と認め、共謀の存在を認めなかった。

検察の考えた図式に無理があったということであろうが、それにしても不自然な事件である。銀行の融資、融資先企業の倒産、担保の不備を主たる理由とする免責決定、頭取の要求、免責撤回と代位弁済決定、という流れのいたるところに、消化できない不自然さが見え隠れしている。資料を読めば読むほどわからない。何一つ見えてこない。

後味の悪い事件であった。検察には、より一層の捜査能力向上を期待したい。今回感じた不自然さは、恐らく犯罪かそれに近い何かが隠れているからに違いない。直ちに市民生活を脅かす種類のものではないが、確実に法を破る何かがある、そんな気がする。地道な内定捜査の末にそんな潜在化した犯罪を白日の下に晒し、法の裁きを受けさせることができる機関は、検察しかないのである。

二つの判決

この辺の記事を読めばわかる通り、正反対の判決が出された。法と良心にのみ従った結果が、全く反対の結論に至った訳だが、新聞各社の報道を見るかぎり、担当判事の苦衷は察するに余りある。

そもそも、ハンセン病に対する誤った理解を是正せず放置した国に責任がある今回の問題だが、こと、今次判決に絞って考えるなら、「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」を一読する必要があろう。この法律が、2組の裁判官に、かくも苦しい解釈を強いた。立法不作為はまだ続いている。

違和感

首相の靖国参拝の様子をテレビのニュースで見た。「靖国」は今や、日本と中国、韓国、北朝鮮3国との関係において、腫れ物状態にあるといえる。

今日、法制史の講義の冒頭で、靖国をめぐる論点のいくつかを紹介した。どのような方向であろうと学生一人一人が「考える」ことを強く期待したからだ。私自身、この問題を適切に解決する妙案などない。

午後、末の弟子と、マックでハンバーガーをかじりながら、この問題について更に会話をした。彼女は研究室で、書棚から芦辺憲法を取り出し、政教分離について考えていた。我が国においては、ヨーロッパのように宗教的権威と世俗的実権とが対立したという記憶がないため、「政教分離」が、「国家神道の否定」という限定的意味に用いられがちであることを説明した。

そもそも「国家神道」なる発想が現われるのは明治以降であり、孝明天皇を亡きものにした堂上公家や志士どもが、手に入れた「玉」に権威を与え、自分たちの政権運営を安定させるために編み出した装置である、というのが私の立場だ。ほんの一時的に、急進的国学者、神道家が政権の中枢近くに存在したが、歴史が動くほど世俗権と対立したことはない。対立できるほどの理論も実力も貯える余裕さえなく、彼らは歴史の表から退場する。しかし数十年後、それが戦争遂行のための精神的縛りとして機能した苦い経験から、国家神道の否定を念頭に、日本的な政教分離原則が立ち上がった。

神道は、神話に現われた神々を始め、自然に存在するあらゆるものに霊性を認め、崇め、恐れ、感謝する、自然信仰から発生した、いたって原始的な信仰である。あまねく広く戦闘的性格を認めることなど不可能な、素朴な信仰に発するものが、何故、戦争のための道具になったか。その点に関する総括がなされていない。

国家の首班が、国のために命を落とした人々を慰霊しない国家があるだろうか。

A級戦犯が合祀され、以来、天皇陛下の例大祭行幸が行われていない事実は重大だ。だが、A級戦犯として東京裁判の被告人とされた軍人、政治家と、戦犯指名を受けながら、東京裁判の法廷に立つことがなかった人々との違いは何処にあったか。もっと具体的に、何故陸軍省軍務局関係者が死刑となり、参謀本部からは誰も死刑にならなかったのか。統帥権の独立を叫び続け、陸軍省の介入を拒否し続けた人々なのに。一体どのような基準で、被告人の生死が分かれたのか。

広田弘毅は何故、ただ一人の文官として死刑に処せられなければならなかったのか。

国際法上の問題点には、今は触れまい。考えても何一つ答えを得ることはできない。

首相は、参道を歩き、本殿の前でポケットから賽銭を投じ、一礼し、手を合わせ、また一礼した。先日の大阪高裁判決に配慮し、個人としての心情を表すためのぎりぎりの行動と考えられるが、それにしても違和感が強い。神前で二礼二拍一礼の作法を採らないことは、仏前で拍手を打つのと同じくらい非礼ではないか。そんな変則的な作法でなければならないのは何故か。本来、心の平穏のために存在する宗教施設がかくも騒がしいのは何故か。いくら考えても、違和感は強まるばかりだ。

60年もの間、歴史の総括を行わずに来たことへの、重い重いツケがそこにあるような気がする。

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