各地の官公庁から、場合によっては『秘』に属するようなデータの流出が続いている。その殆どが、国産のファイル交換ソフトWinnyに、Antinnyというウィルスが感染したことが原因と考えられている。官公庁のデータだけに流出すれば騒動になるが、全くの個人のパソコンから、メールやデジカメ写真が流れ出しても、流出元を特定できないから放置されるだけで、現実にこのAntinnyの被害がどの程度なのか、想像もつかない。
この現状にはいくつかの問題がある。第一にあげるべきは、情報セキュリティに関する意識の低さであろう。ごく最近、新聞沙汰になった海上自衛隊の下士官は、セキュリティソフトを入れ、パターンファイルの更新もしているから大丈夫だと思っていた、と語っているらしい。確かにセキュリティソフトを入れ、ウィルスパターンファイルを常に最新にしていれば、ウィルスに感染する可能性は下がる。だが、セキュリティソフトを入れる前に感染していたらどうするか。OSのブートアップと、セキュリティソフト起動とのタイムラグは。考え出したらキリがないくらい、ネットに繋がったコンピューターには危険がつきまとう。
官公庁のネット環境も、あまり誉められたものではない。陸海空三自衛隊全体で、数万台の私物のコンピューターが使われているという。財務省が「戦争ではパソコンは使わないでしょう」といって、コンピューター購入予算を付けてくれないから、止むなく私物を持ち込んで仕事をしているのだそうだ。警察や行刑施設も五十歩百歩といったところか。本当に重要なデータは、インターネットに繋がっているコンピューターに入れてはいけない。専用のクローズドネットワークだけで運用するのが常道だ。でも、データをUSBメモリあたりに入れて自宅に持ち帰り、インターネットに繋がり、かつファイル交換ソフトを利用しているパソコンで仕事をするとなると、セキュリティはゼロと言わなければならない。理屈にならない理屈を並べる財務省への意趣返しは、霞ヶ関に敵軍が迫った時、財務省の建物に敵を誘導して殲滅戦を仕掛けることを夢想するくらいにして、いまは、情報に関わるすべての公務員の意識を高め、インフラの貧弱さを補うしかなかろう。
更に不幸な問題がある。Winnyというファイル交換ソフトの作者が、著作権法違反の幇助犯として起訴され、公判中なのである。この裁判、というか、逮捕、起訴には非常に無理があるような気がするが、ともかく公判中の被告人、作者は、Winnyの脆弱性を知っていても、修正版をリリースすることができない。だから、ウィルスに感染するや、HDD上のファイルを無作為にアップしまくるという、非常に危険な動作をするバージョンが使い続けられているのである。
ファイル交換ソフトに用いられるP2Pという技術は、ネットの発展拡大に伴い必然的に現われたといってもいい。中央サーバーにデータを蓄積し、データを欲する者がそのサーバーにアクセスするという形式は、当該サーバーに過剰な負荷がかかっただけで崩壊する。分散型ネットワークというARPANETの理念とは程遠い、一世代以上前の形式なのだ。P2Pは、ネット上の任意の2点以上が結びついてデータのやり取りが発生する。同じデータを持つ「点」が多数存在すれば、当然効率良くデータの取得が可能となる。
Winnyは、このP2P技術を実用化したいくつかのソフトの一つであり、匿名性を併せ持った優れたソフトであった。しかし、匿名性の陰で交換されるデータの殆どが、交換当事者とは違う誰かの著作物だったという現実があった。ソフトが悪いのではない。(誰かに著作権侵害行為をさせる意図をもってソフトを開発したのでなければ)作者が悪いはずもない。不正に著作物の交換を行っていたユーザーが悪い、つまり正犯なのだが、Winnyではその匿名性故に、行為者を特定できない。だから作者だけが、幇助犯として法廷に立たされている。
Winny禍の拡大を防ぐ手法として、ネットインフラの整備拡張、リテラシー教育の徹底、平和ボケを改め情報を扱う人間の危機意識を保つ、などなど、考えられることがいくらもある。だか何より大切なことは、他人の著作物(の電子的複製)を「交換」するなどという不埒な考えを捨てること。実社会でダメなことは、仮想現実でもダメなのだ。
(2月16日、Winny裁判の弁護側証人として、慶應藤沢の村井純教授が証言している。興味のある方は
この記事を参照されたい。)